ちゅんちゅん、ちちち……
 鳥の囀りでまどろみから起こされる。
 カーテンの隙間から漏れてくる日差しは暖かく、もうすぐ来る春の訪れを教えてくれる。
「ん〜……」
 ころん、と寝返りをひとつ打って、ぼんやりとした視界に時計の針を入れる。
 まだ5時前だ。なんで今日はこんなに早く目が覚めてしまったのだろう。
 昨日だって結局帰りは終電になって、疲れきっているというのに。
 冬の朝の空気は肌寒く、頬をなでる冷たさがぴりぴりとする。
 ばさっと布団を頭までかけなおして、身震いをひとつ。
 心地よく沈んでいく意識に身を任せようとして、ふと疑問が浮かんだ。
 ……5時前で、外が明るい?
 瞬間にばちっと目を見開く。全身のバネを使って布団を跳ね除け飛び起きて。
 確かに時計は5時前だった。……横になってた先ほどの視界であれば。
「のわーっ! もう8時やんかーっ!」
 
 そんな、いつもどおりの朝。

 

 はやてさんの科学実験講座 3時限目

    「快楽と安息の物理融合」

 

「――はい、診たところ過労かと思いますので、午前は様子を見て、調子がよければ午後から出勤させようと思います……はい、はい。申し訳ありません、宜しくお願い致します」
 そんな落ち着いた声の後、かしゃ、と受話器を置く音がした。
 ぱたぱたと、スリッパを響かせて、シャマルがテーブルに戻ってくる。
 トーストを頬張りながらすっかり縮こまっているはやてを見て、苦笑が漏れるのを禁じえない。
「うー、すんまへん、シャマル先生」
 ぺこぺこと頭を下げつつ。
 コーヒーをデカンタから自分のカップへ注ぎつつ、シャマルが微笑みを返す。
「ふふ、でもまるっきり嘘ってわけでもないから大丈夫です。はやてちゃん、ホントに最近帰り遅いんですもの」
 ばつが悪くなって、苦い笑みを返す。心配をかけているのは自覚もしているのだけど。
 ごまかすようにカップから黒い液体を喉へと流し込んだ。
 心地よい熱さと苦味を流し込み、ふう、と息をつく。
「私としては今日一日ぐらい休んで欲しいんですけど……どうしても出勤しなきゃならないんですか?」
 すこし陰を落としながら、シャマルが呟く。
 医療課の人間はどうしてこうも揃って過保護なのだろう。
 はやてに限ってはのことかもしれないが。
「んー、どうしても昨日の案件片付けとかんとあかんのや。ホンマいうと寝坊とか言語道断なんやけどなー。シャマルが家にいてくれて助かったわ。……他のみんなは?」
 八神家の面々はそれぞれ管理局の違う部署に配属されている。
 極稀に仕事場でかち合うことはあるが、普段は家でしか顔を合わせる事はない。
 昨夜は帰り着くなりベッドへ倒れこむように寝てしまったので、誰がいるのかいないのか、その把握すらしていなかった。
「シグナムとザフィーラは定刻に出勤しました。ヴィータちゃんは5日前から強化合宿です。帰りは明後日とか。私は今日宿直なので、夜からの出勤です。晩御飯は一緒に出来なさそうですね」
 指を折りつつ家族の近況を報告する。
 シグナムは分局勤めだし、ザフィーラは現場に借り出されることが多い。
 また晩御飯は一人で食べることになるかな、とスケジュールを軽く頭の中で組みなおしていく。
 休日らしい休日もなく朝から晩まで仕事に追われる毎日。
 こんなにゆっくりとした朝はどれだけ久しぶりだろう。
 冷たい空気の中にさす朝日。ストーブの熱。トーストの香ばしい香り。コーヒーの快い苦味。
 こういうのも、幸せのひとつの形なのだろうな、となんとなく考える。
 幸せの犠牲にされたものは余り考えたくないが。
 くい、とコーヒーを飲み干して、ごちそうさま、と呟く。
 かたん、と席を立つはやてに、シャマルがきょとんとした表情を向ける。
「はやてちゃん、もうちょっとゆっくりしててもいいんですよ? まだ時間早いんじゃ……」
 かちゃかちゃと食器をシンクへ片付けるはやて。
 顔には苦笑いを浮かべて。
「やー、そうもいってられへんねん……なんせ急ぎの案件が多すぎてな」
「そうですか……夜には医務室にいますから、何かあったら来て下さいね?」
 心配を通り越して、泣きそうな顔でシャマルの言葉が響く。
 気持ちはこれ以上ないというぐらいにありがたいのだけれど。
 いつまでも子ども扱いされるというのは、ちょっと歯がゆい。
「大丈夫大丈夫。ほな、いってきます」
 にぱっ、と笑みを投げて、鞄を手に取る。
 シャマルは少し悲しそうに微笑んで。

 いってらっしゃい、と短い言葉だけを返した。

 

 


 がたたん。ごととん。
「……迂闊やった」
 渋面でひとり、ぼそっとこぼす。
 平日の午前。
 ゆっくりと出勤して、電車の中でうたたねぐらいはしたかったのに。
 視界に入るのは一面の学生。それこそすし詰めになって。
「……テスト期間、なんちゅうもんがあったんやなぁ……」
 きゃわきゃわと黄色い声が飛び交う中、必死でつり革を掴む。
 周囲と背丈がさして違わないことも敗北感にさらに拍車をかけていた。
 時折あがる笑い声が頭の芯に響いて、意識するまでもなく周囲の会話が耳に入ってくる。
 こんな他愛もない世間話を自分もついこの間までしていたはずなんだな、とふと思う。
 時の流れはいつだって残酷で、人は無くしてからようやくその大切さに気づかされる。
 失ったものとの代わりに手に入れるものはある。
 けれどそれが果たして等価であるかなどは誰にも解るはずがなく、後悔はいつまでもつきまとう。
「金もいらなきゃ名誉もいらぬ、あたしゃも少し背が欲しい……か。はあぁ……」
 どんよりとした気分と共に、そんな泣き言を制服の森に投げ捨てた。
 と、がくん、と落とした視線の先に、奇妙な違和感を感じる。
 車両の隅、他の学生に追いやられるように、ダークグレーのスーツを着たサラリーマン風の男がいて。
 死角を作るように角をふさぎ、その奥にはかすかに学生服が見えた。

 

「……っ! ん……ぅ……」
 必死に手すりを握り締めて耐える。
 混乱した頭でいくら考えても、なぜ私が? なぜこんな目に? という答えが出てくることはない。
 身体のあちこちから送られてくる感触はとても気味の悪いもので、寒気を通り越して吐き気すら覚える。
 無骨な手で乱雑にいろいろな場所を撫でられ、こねられ、かき回される。
 その全てが私に底なしの悲しみと絶望を惜しみもなく振舞う。そんなものはいらないと何度叫ぼうとも。
 逃げるように身体を揺すっても、這い回る怖気は行く手をふさぐように回り込んできて。
 籠の中の鳥のように、檻の中の子犬のように、私はただ弄ばれるだけだった。
 許されたことといえばできるだけ声を殺して、震えながら見つからないように身体を縮込ませるだけ。
 もし見つかれば、私はどうなってしまうんだろう。
 こんなところを人に見られたら、私はどんな顔をして明日から生きていけばいいのか。
 ぐるぐると回る思考は恐怖と悲しみと絶望に染まり、かたかたと震える体のあちこちで感じる汗の冷たさがこれは現実なのだと私に突きつける。
 シャツのボタンの隙間から差し込まれた掌が、無遠慮に下着をずらして、直に素肌へと触れて。
 乾いた音がするのを耳以外で聞いた気がして、手すりをぎゅっと握る。
 視界が不意にぼやけ、自分が泣いていることに今更気づかされた。

 いやだ。こんなのはいやだ。
 お願い、助けて。誰か――お願いです、助けてください――

 ぎゅっと目をつぶった私の身体から、不意に気味の悪い感触が消える。
 まだかたかたと震えは止まらないけども、小さな勇気を振り絞って目を開けた私に。
「はい、そこまでや……ご同行願おか?」
 そんな声が飛び込んできて、『時空管理局特別捜査官』と書かれたIDカードが見えた。

 

 

「ほな、あとはよろしゅうな、駅員さん。なにかあったらその番号まで電話してや」
 そういって、私を助けてくれた婦警さんが会釈をして、後ろ手に戸を閉める。
 背なんか私よりも低いくらいなのに、なんだかとても大きく見えた気がして、しばらくの間、惚けたように突っ立っていた。
 くりくりと丸い目が私をのぞき込んでいるのに気づいて、あわてて背筋を伸ばす。
 かぁっと頬が熱くなるのが自分でも感じられた。……恥ずかしい。
「学生さん、災難やったなぁ。ま、犬にでも噛まれたと思って、なるべくはよう忘れるようにしたらええよ」
 そういって、肩をぽんと叩かれる。そういえばまだお礼すら言ってないことに気づいて、慌てて口を開く。
「あ、あの――ホントに、有り難うございました……なんていっていいか、その……」
 いまだ手足の震えに悩まされながら、しどろもどろに言葉を紡いで、必死に感謝の言葉を述べる。
 私の慌てぶりがどんな風に伝わったのか、婦警さんはくすっ、とはにかんだように笑って。
「気にする事あらへんて。仕事の内やし、あんなトコ見て黙ってるなんてできへんよ。さ、今日はガッコももう終わりなんやろ? お家に帰ってゆっくり過ごしたらええ」
 あくまで私を気遣うように、優しく微笑んで、混乱した私を落ち着かせながら、一言一言を私の理解を待ちながら言ってくれる。
 ふわりと風に乗って、婦警さんの髪の甘い香りがして、ぴんと張っていたつま先から力をようやく抜く。
 いつから力が入っていたのか、かかとを着いたとたんにぴりぴりとしびれが走った。
「あ、あの、せめてお名前を教えて頂けませんか? 今度改めてお礼をしに行きますから!」
 ようやく口から出たのはそんな言葉で。自分でも何を言っているのかよくわからない。
 あ、あああ、行きますじゃない、伺います、だよぅ。
 でも婦警さんはそんな私を邪険にもせず微笑んで。
「――はやて。八神はやて、や。よろしゅうな」
 はやて。八神はやて、さん。
 ゆっくりと頭に染みこんでくる単語は、なんだかとても甘い響きをもって、私を落ち着かせてくれる。
 息を2・3回すってふるふると頭を振る。鼓動がいくぶんか静まったことに安堵していると、目の前に八神さんの顔が迫っていることに気づいた。
「ん〜……」
 委細に確かめるように、くるくると動きながら私の表情を見ている。
 くりくりと動く瞳に魅入られて、動けないでいると、正面からじっと私の目をのぞき込んできた。
 何事かとまたパニックになりかけた私に、一転にこりとほほえんで、八神さんが口を開く。

「……したら、ちょっとだけ付き合ってくれへんかな?」

 

 


 ……こんなところ、あったんだ。
 閑静な住宅街の中、頭に森林とつけてもいいぐらいの公園の中、八神さんに連れられて、並んで歩く。
 駅からはそれなりに離れてた様に思える。ここまでタクシーで15分ぐらい……だったかな?
 車の中で世間話をして、学校のこととかお話しして。
 驚いたのは八神さんが私よりひとつ年上なだけだって事。そんな年齢で特別捜査官だなんて、すごい人なんだなぁって、素直に感心した。
「……あの、どこまでいくんでしょう? パトロールか何かですか?」
 公園の入り口からももう結構歩いた気がする。八神さんと一緒だと時間の流れとか解らなくなっちゃうから、実際はそんなに歩いていないのかも知れないけど。
 明るい人だし、なんていうのか、人なつこい雰囲気というか、喋りやすいから、つい調子に乗って友達みたいに話しちゃう。
 失礼な口も何度か聞いたかも知れない。それでも笑って許してくれる人だというのはなんとなく伝わってくるけど。
 それに、一目見たときから思ってたことではあるけれど。
「あはは、ごめんな、もうちょっとで目的地やし、手間なんてとらせへんよ、ただ――見てって欲しい物があるんや」
 ころころと笑顔を振りまいて、八神さんがくるりと回る。
 その仕草に、ときん、と心臓がはねる音を、確かに聞いた。
 ……そうなのだ。一目見たときから、私は。
 なんて綺麗で、可愛くて、素敵な人なんだろうって……思ってしまったのだ。
 八神さんが笑う度に胸が高鳴る。
 八神さんと話す度に心が躍る。
 八神さんに見つめられる度に切なくなる。
 ……やばいヤバイやばい。
 こ、これはもしかして。
 や、八神さんは女の人だよ? 私、そんな趣味はなかったはずなのに!

 前を歩く背中の線を追いながら、胸の鼓動を必死に押さえていると、不意に八神さんが立ち止まった。
 もうだいぶ奥へ入ったあたり……だと思う。
 いつの間にか遊歩道からも外れていて、足下はもう土と草の地面だった。
「ごめんなー、歩かせてもて。ついたで」
 振り返った八神さんが、軽く頭を下げながら、困り笑顔、とでも言うのだろうか。とてもコケティッシュな笑みを向けてきた。
 ……ついた、っていわれても。
 後ろを見れば木々の合間にほとんど隠れてはいるが遊歩道のアスファルトが目に入る。
 コースを外れた、といってもさほど離れてはいないようだ。
 ……なら、あってもおかしくはない。なによりここは公園だし。
 でも。それにしても。
「ん?」
 事態の把握ができていない私。おろおろと居心地悪そうにしているのをどう見たのか、八神さんが上目遣いにのぞき込んでくる。
 ひまわりの咲くような満面の笑顔を浮かべ、また一歩、距離が近づいて。
 耳元へ囁くように、言葉が私の頭に流れ込んできた。
「多分、学生さん……『当たり』やと思うから……だから、特別にみせたる。静かについてくるんよ?」
 それはしばらく耳の奥にとどまって。理解するにはかなりの時間を要することとなる。
 否、いくら時間が経とうとも、『当たり』の意味するところを計りかねて。
 乱れ飛ぶクエスチョンマークに翻弄される。
 困惑を体現したような私の手を引いて、八神さんがその建物に向かっていく。
 滅多に人も訪れない、森林公園の奥の奥。



 共用公衆便所に。

 

 

 


 すえた匂い。掃除の手は入っていても、薄汚れた壁と床のタイル。
 晴れ渡った空の日差しを遮って、人工の灯りが頼りなく中を照らす。
 足下は薄く水音をぴちゃぴちゃと立て、ひんやりとした空気が立ちこめる。
 まぁだいたいの人が持っているイメージ通りの……ありふれた公園のトイレ。
 けれどそこにある光景はまるで別世界のようで。
 かちかちと擦れ合う奥歯の音で、背筋を走る寒気にようやく気づく。
「ふふ、ほら、もっと前に出てよくみてええよ? 怖いことなんてなんもあらへんから」
 さして広くもない空間。普通ならあるはずの冷たい空気は、複数の体温によって暖められ、熱気と呼んで差し支えないほどに暖まっている。
 男性用の小便器がいくつかと個室が二つ。
 その奥の方の個室に。
 狭い中を押し合いへし合い、男の人たちが殺到している。
 八神さんに後ろから抱きすくめられ、寄りかかるようにやっとで立っている私の体。
 目の前で起こっていることは、およそ私の理解の範疇を超えていた。
「ふぁ、ん、んく、ああっ! い、いいっ、きもち……い……!」
 肉を肉で打つ音。振りまくように流した汗のにおい。
 個室には当然、洋式の便器が一つすえられていたけど。
 その狭い個室にひしめき合って、男の人の背中がいくつも立ち並ぶ。
 その背中は便器を囲むように――否、便器に座る人影を囲んで、一心に何かをしていた。
「いい、よぉ……す、すごい、いいぃ……!」
 ひっきりなしに響く嬌声。血走った目でひたすら無言の男の人たち。
 さっきから口の中がひりひりする。とっくに乾ききっていて、息をする度にべとついた音がする。
 足なんかがくがくとふるえるばかりで、今にも崩れ落ちそうになっている。
「もっと! おねがい、もっと突いて! 滅茶苦茶にしてえっ!」
 きれいな、ひとだった。
 流れる髪は金色で、薄暗いこの空間にあってなお輝いて。
 ほっそりとした体つきは女の私でも見ほれてしまう。 
 なのに胸なんかすごく大きくて……素直に、うらやましい、と思った。
 両手は頭の後ろに回っている。よくは見えないけど、縛られているのだろう、と察しはついた。
 着ている服はどことなく八神さんの制服に似ている。
 細部は違えど、管理局のどこかの部署の物だろう。
 だけど制服の前ははだけられ、スカートは腰までめくりあげられて、体を隠す役目をまるで果たしていない。
 よく見れば便器の横にちぎれた下着……だった布があるのに気づいた。
「お……おっお、すげ……搾り取られるっ」
 その綺麗な人の前に男の人。
 何をしてるのかなんて一目見れば私でも解る。
 腰を激しく動かして、卑猥な音を始終奏でながら。
 血走った目で荒い息を吐きながら。
 欲望に突き動かされて、理性を削り落としながら。


 たくさんのおとこのひとたちに、おんなのひとがおかされているのだ。

 


「あっ、あっあ……ほ、欲しい、欲しいよお……」
 金色の髪を顔に体に張り付かせて、切なそうな視線を投げながら、うわごとのように繰り返す。
 その声から伝わってくるのはただただ切望。
「せ、せーえ、きぃ……お願い、お願いしますっ……せーえき、くだ、さっ……あはっ……!」
 その声を受けた男の腰が、いっそうに早くなる。
 突き上げる動きはさらに力強く、
 腹の奥を押し上げられてひっきりなしに嬌声は続き。
 ひとすじ口の端から滴を垂らして、その瞬間を待ち望みながら。
 男に合わせて妖しく腰をうねらせ、細かな刺激を与え続ける。
 その動きで男を高め、自身を高め、全霊で尽くして。
「う、わっ……ちょ、フェイトちゃ……で、出る……っ!」
 苦しそうに男が声を絞り出す。
 それを聞いた女の表情が一変して、甘く蕩けた物になる。
 狭い空間の中、自由に動かない体をもどかしく思いながら、吐息を何度もついて。
「はあぁっ……だ、だし、て……っ! いっぱい、いっぱい、ちょうだいっ……! せーえき、欲し……っ!」
 胸の底から、ありったけの思いを込めて。
 これ以上ないくらい真剣に、自分を犯す男へ哀願の歌を送る。
 身を焦がして、欲しい、欲しいと繰り返す。
 それはまるで恋する乙女のように。
「おにーさん、ちゃんとルールは守るんやで? わかっとるよなぁ」
 そんな声が男の背中へ投げられて。
 びくん、と一度震えた男は、ちいさく舌打ちをして、また腰を動かし始めた。
 じゅぷ、じゅぷと大きくなった水音に釣られるように、女の顎が持ち上がる。
 空気を求めるように、いっぱいに舌を伸ばして、見えない何かにすがるように。
 細められた瞳が、早く早くと訴える。
「う……っく!」
 男の背中が大きく震えた。
 どちゅ、と聞こえるほどの音を立てて、奥へと強く突き立てる。
 女がその衝撃にのけぞるのと同時、音は腰を引いた。
 充血し、固く反り返った男根はぶくりとふくれあがって、ため込んだ物を一気に放つ。
「あっ、あっ、やあぁっ!」
 びゅっ、びゅっとトイレの個室に木霊する。
 白く粘ついた液体は放物線を描き、美しい半裸の女体へと降り注ぐ。
 髪と言わず顔と言わず、圧倒的な量をもって、女を汚し続ける。
「いやぁ! やだぁっ、なかに! なかにだしてよおっ!」
「!?」
 それを見ていた女学生はさらに表情を青ざめさせる。
「く、お……っ、ご、ごめんな、フェイト……ちゃんっ、俺も、中に……膣内に出したかった、んだけど、さっ……!」
 ペニスを手でしごきあげ、最後の一滴まで出し切って肌を汚した。
 囲む男達は、揃ってにやにやと笑いを浮かべる。
 女の嬌声……いや、すでに悲鳴の域に達した声を楽しみながら。
「そうそう、しょうがないんだよ、フェイトちゃん。『膣内には出さない』っていうのが、ここのルールなんだから。その方が君も安心だろ? みんなルールは守るからさ」
 脇の一人が指を立てながら得意そうに発言する。
 見れば壁には名前が連なった紙が貼ってあった。いくつかは傍線で名前が消されている。ルールを破った者は即退場する。それがここの掟。
 少しでも長くこのサバトにいたければルールを遵守すること。
 だからこの場にいる男達は、いくら女がせがもうと、けして膣内には射精しない。
 しかしそれは避妊のため、などという優しさではなく。
「や、やあん……なかぁ……なかだし、してぇっ……なかだしじゃないと、きもちよく、ないのぉ……!」

 

 はやての腕の中、華奢な体がかたかたと震え続ける。
 抱きすくめられて逃げ出すこともできず、かみ合わない奥歯に必死に力を込めて。
「あのおねーさん、うちの親友なんよ。仲良うしたってな」
 背後からかけられる朗らかな声が、何か別次元の出来事のように、遠く感じられる。
 その場にはあまりに似つかわしくない、暖かな響き。
 それはまるでこの状況が日常普通にあることなのだ、といわんばかりで。
「あのおねーさん……フェイトちゃん、て名前なんやけど、お腹の中にあっついのを出してもらえないと、イけなくなってしもたんよ。せやからみんなで治療してあげようって事になってなぁ……今日で何日目、やったろうか?」
「4日目」
「そうそう、もう4日もこうしてみんなで輪姦してあげてるんよ。これでフェイトちゃんのヘンタイさんが治るとええねんけどな」
 にこにこと、笑みすら浮かべながら、はやては平然と説明する。
 それはあまりに常識からかけ離れていたが。
「ひ、んひんっ! また、またぁ、おっきぃの、きたぁ!」
 ロクにインターバルも置かず、別の猛った豪棒がフェイトのヒクつく女芯へと沈められる。
 寸前まで高められていた体はあっけなく陥落して、快楽の悲鳴を上げた。
 淫らな液体をまき散らし、フェイトは不自由に縛られた体で喜びのダンスを踊る。
 妖艶に、卑猥に、だらしなく惚けた表情で。
 じゅぷじゅぷと狭い個室に音が反響する。
 脳髄の奥をかき回すようなその音は、何も知らない少女に困惑と、畏怖と、わずかばかりの甘美を送る。
 目の前の異常な光景はすでに正常な思考をあらかた奪い去って、壊れかけた自我はなんとかこの場を生きようと、適応しようと試みる。
 それは流される、と言い換えてもいいほどの、危ういもので。
 意識もしないうちに頬は赤らみ、吐息に熱がこもっていた。
 その息づかいに気づいたはやてが、ちろり、と唇をなめて、瞳を妖しく輝かせる。
「ほら、もっとよく見てええよ……フェイトちゃん、綺麗やろ……?」
 目をそらすべきだ。そして早くこんなところから逃げ出さなければ。
 そう思ってはいても。
 目の前で行われる男女の営みに愛などという物は微塵も感じられない。
 ただ道具のように女性を扱い、男が満足するまで弄ばれるだけの、あってはならない行為。
「あ、あっあっ……そ、そこ、いいっ……もっとコスってぇ……」
 なのに女が上げる声は紛れもなく喜色にあふれていて。
 これは正しい事なのではないかと、ゆるやかに疑問が首をもたげてくる。
 するすると心に入り込んでくる蛇を象徴するように、はやてが学生服の前ボタンを外し、静かに若い肌の上をなぞる。
 のど元をくすぐるようにこちょこちょと指を動かすと、おとなしい猫のごとく、すうっと顎をあげて。
 ふうっと耳元へ息を吹きかけると、もどかしそうに、甘い声をあげた。
「ふふふ。やっぱり学生さん、『当たり』やったなぁ……」
 ああ、そうか、とようやくに理解する。あのときに言われた言葉の意味を。
 目の前の光景にすっかりと当てられて。
 どくん、どくんとうるさいぐらいに心臓の鼓動が頭に響く。
 恐怖と緊張からではなく、好奇と興奮から。
 狂いかけた歯車はあってはならないリズムで思考を乱す。
 そう、たとえば、もしも、もしも――

 ――あそこにいるのが、わたしだったら――

 きゅうっと、お腹の下あたりに痺れが走るのを、確かに感じていた。
 じくじくと、その痺れは消えることなく、心と体を溶かし始める。
 肌の上をなまめかしく動く指が、小さく着いた火をあぶるように、痺れを疼きに変えて。
「ち、ちょっと、そんなに締め付けるなって――やば、もう……!」
 フェイトを犯している男が情けない声を上げる。
 それを媚薬のように耳にしたフェイトは紅色に染まった頬をほころばせて。
「イって、イってぇ。フェイトのなかに、あついの、ちょうだい、いっぱぁい……」
 いっそうに尻を振りたくり、凶悪な肉の杭から官能を引き出そうとする。
 打ち込まれる度に声はオクターブを上げ、粘液質な水音と重なって、卑猥なメロディを奏でる。
「ほしっ……欲しい、のっ……! なかだしされて、イきたい、よおっ……!」
 涙さえ流して、男に媚を売って。
 限界を超えて焦らされた体は、精神を跡形もなく焼き尽くし、ただただ貪欲に、欲しい、欲しいとだけ繰り返す。
 満たされぬ欲望に身も心も食い尽くされて、はしたなく腰を揺らす。
 不意に角度を外れた突きが、最後のねじを飛ばして、一気に押し上げられた。
「――っ! あ、ああああっ! そ、こっ……!」
 おとがいをのけぞらせて、びくびくと背中を反らせ、汗をまき散らせても、まだ待ち望んだ瞬間には至らない。
 『それ』がきていないから。
 どんなに望もうと、最後の一押しがなければ、至ることができない自分の体を恨めしく思う。
 あと少し、あと少し。
 十分すぎるほどに高まった体は執拗におねだりを繰り返し、襞をうねらせて男に奉仕しつづける。
 じゅぷ、とひときわ大きい水音に合わせて、蕩けた膣壁でフェイトが無意識に締め付けた。
「わ、わっ……! ちょ、ダメ、だって……う、あっ……!?」
 と男がびくん、と一度大きくはねた。
 そのまま痙攣するように、何度か体を震わせる。
 そのたびにフェイトの体が跳ね上がって。
「――ぁ、あぁ、はっ――き、きた、きたぁっ……せーえき、出てる、でてるよう……きもち、いっ……もっと、もっと、だし……あ、あ、あっ――」
 真っ赤に爛れた舌をのぞかせて、長い髪を振り乱し、待ち望んだ刺激に打ち震える。
 どれだけ行為を続けようと得られなかった喜びへ、その熱はあっけなくフェイトを連れ去って。
「――イ、く、ぅ……」
 それだけをやっと喉の奥から絞り出すと、ひくひくと肢体を震わせて、ようやくに手に入った喜びを魂で感じる。
 息をすることも忘れ、何度も何度も腹の奥へたたきつける性の熱さにしがみつく。
 嬉しい、嬉しいとだけ繰り返す意識は半ば以上に朦朧として、ヒトですらない、獣の思考にも似ていた。
「あーらら。またフェイトちゃん、膣内出しでイってしもたなぁ。禁止っていってるやろ、おにーさん。あかんなー」
「――くっ、ご、ごめ……気持ち、よすぎて……ま、まだ搾り取ら……れるっ」
 ぶちゅぶちゅとまた何度か打ち付けて、少しの時間をおいて、ようやくに男は離れていった。
 繋がっていた部分からは、どろりとしたものがあふれ出て、フェイトの白い太股を染めていく。
「や、あ、あ……せーえき、漏れちゃ、だ、めぇ……」
 流れ出す熱を心から惜しく思いつつ、今だ襲い来る快感の余波に体を震わせながら。


 静かにフェイトは、意識を手放していった。

 

 

 さわさわと、体の上を羽が舞う。
 ぼやけた頭は、そんなイメージを私に送ってきた。
 それは決して不快なものではなく、ふわふわと空を飛ぶような、心地よい高揚感だけを感じさせた。
 男の人が腰を動かす度に女の人――フェイトさんが声を上げる。
 いやらしく音をさせながら何度も突き上げて。
 はじめて見る男の人のはすごく、気味悪い形で――フェイトさんの細い腰にあんなものが入るのかと不思議に思うほどだった。
 けれど、いっぱいに押し広げて入っていく肉の棒に、フェイトさんは嬉しそうに、もっと、もっとって繰り返して。
 もし、あんなのが、私に入ってきたら……私も、あんな風に、喜べるのだろうか。
 蕩けるような甘い声を上げて、気持ちいい、とだけ繰り返して。
 玩具のように扱われて、それを喜んで、受け入れて、染められて、汚されて。
 あんなに――あんなに……綺麗に、なれるだろうか。
 ぶるっ、と軽く震えが走る。
 震えはさざ波のように広がって、体のあちこちで起こる疼きに反響し、また広がって、私をおかしくしていく。
 背中に感じる熱に全てを預け、立ちこめる雄のにおいを胸一杯に吸い込む。
 それはとても甘美で、膝から力が抜けそうになった。
 と、不意に温もりが消えて、私は不満げに眉根をゆがませる。
 振り向いた私に、八神さんは相変わらずにこにこと微笑むばかりで。
 もっと、もっと、触れて欲しかった。
 もっと、もっと、溺れていたかった。
 もっと、もっと、おかしくしてほしかった。
 さんざんに火照らされた体は温もりを失って、冷めるどころか火照る一方。
 ううん、熱はどんどん大きくなって、今や全身を蝕むように広がっている。
 何かを求めるように手を伸ばすけど、八神さんは私の手を取ってはくれず。
 バランスを崩して、よろけた背中を、とん、と受け止められる。
 背中越しに見上げると、そこには優しく微笑んだ男の人たちがいて。
 はだけられた制服の隙間に、たくましい手が滑り込んでいく。
 脇をくすぐられ、うなじをなぞられ、胸をほぐされ、官能に私の体は悲鳴を上げていく。
 必死に呼吸を繰り返す唇を、突然にふさがれて、目を見開いた。
 何か熱くぬめる体温を舌に感じて、たちまち頭の中に霞がかかる。

 ……キス、って……こんなに、きもち、いいんだ……

 夢心地にとろんと瞳を細め、もどかしく両手をあげてしがみつく。
 えさをねだる小鳥のように、何度もついばんで。
 ふわふわと浮かぶような気持ちに浸っていると、とすん、とお尻に冷たい感触が伝わってきて、背筋を少し震わせる。
 もうひとつある個室の便器に、座らされたのだと長い時間をかけて理解した。
 くるりと周りを見ると、血走った目がいくつも狭い部屋に入ってきていて。
 同時に何本も伸びてきた腕に、おなかがじゅんっとなるのを感じた。
 個室の外に、優しい微笑みを見つけて、私は心から感謝をする。
「よかったなぁ、フェイトちゃんは膣内出し禁止やったから、みんな喜んで膣内に出してくれるで。きっと気に入るさかい、ゆっくり楽しんでいってな?」
 フェイトさんの最後の表情を思い出して、身震いする。
 膣内にだされたら……どんなに、気持ちいいのだろう。
 こんなにたくさんの人に出されたら、私はどうなってしまうのだろう。
 たくさんの腕にもみくちゃにされながら、私の頭の中はこれからに対する期待でいっぱいだった。


「ようこそ、楽園へ」
 八神さんの言葉が最後に聞こえた気がして。

 

 それきり、私の意識は塗りつぶされた。

 

 

 

 

 『まもなく、電車が到着致します。白線の内側まで、お下がり下さい』

 終電を待つ人混みの中、静かな騒音に紛れて、ころころと笑い声がする。
 はやてとフェイト、それにもう一人。
「うーん、ホント久しぶりだね−、3人で帰るなんて」
 栗色の髪をサイドで束ねた女性。
 襟元には一等空尉を示す階級章が眩しく光る。
「偶然時間が合うなんて、普通ないもの。嬉しいな、私」
「せやなー、実際みんな忙しくなって、顔合わせも難しくなってしもたしな」
 うきうきと落ち着かないフェイトに、終始にこにこと微笑むはやて。
 3人に流れる空気は朗らかで、春の陽気すら感じさせた。
「またいつか、3人一緒になれるといいよね、あの頃みたいに」
 そんな言葉に、はやてとフェイトは瞳を輝かせて。
「うちらはかわらへんよ。今までも、これからも、3人一緒や。ずっと、ずっと……な」
「そうだよ。あの頃、なんて昔の事みたいにいっちゃだめだよ。私たち、ずっと一緒、だよ」
 3人顔を見合わせて、笑い合って。
 肩を並べて、語り合う。
 昔も今も、ずっと、ずっと一緒に。
 いつまでも、いつまでも。

 『ドアが開きます。ご注意下さい』

 人混みに流されるように、3人は電車に乗り込んでいく。
 溶け合って、ひとつになるように。
 閉じるドアが3人の姿を隠して、プシュ、と声を残す。
 3人の奏でる協奏曲を始めるために。

 


 先の見えない暗闇の中、電車がひた走る。
 せめてひととき、逃げなくても済むように。
 せめてひととき、安らげるように。
 せめてひととき、忘れられるように。

 

 レールの上をがたたん、ごととんと、電車が走る。
 あの人に捧げる歌を歌いながら。
 どこまでも続くレールの上、電車はひた走る。

 

 


 せめてひととき、幸せであるように。

 



 

               endless...

 







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