「流れに任せて角砂糖」   by沈月 影





 唐突だが、一つここで状況を整理させていただきたい。
 ――ひとつ。今、あたしの目の前にはすずかがいる。正解。
 ――ふたつ。今、あたしの足元には制服が散乱している。正解。
 ――みっつ。今、あたしは既に制服を身に着けている。正解。
 えっと、こういうの何て言うんだっけ。連立方程式? AがBであり、BがCである場合、AはC……違うか。
 まあとにかく――けつろん。今、あたしの目の前には本来身に着けているはずの制服を纏っていないってゆーかぶっちゃけ下着姿のすずかがベッドに横になってすやすやと寝息を立てている。以上、証明完了。
「…………で」
 何となく理論的に物事を解決してみようと試みてみたわけですが。
「この無防備極まるお姫様を前に、あたしはどういう態度を取るのがベストなんでしょーかね?」
 あるはずの無いカメラを意識してポーズをキメつつ言ってみる。室内だというのに、どこかうそ寒い風が吹いた気がした。逃避って、難しいわね……。
「んぁ……あー、ありさちゃ、おはよー……」
「――はい。おはよう」
 そうこうする間に、すずかは目を覚ましてしまった。仕方ない。とりあえず彼女がまだ寝ぼけている今の内に、今のこの状態を説明しておくことにしよう。

 放課後、で、金曜日。当然明日は休日で、「久しぶりにお泊りでもしようか」的な会話をしつつ、あたしとすずかは玄関から正門へ続く道を歩いていた。ちなみに車が待っているということはない。今日は徒歩の気分だったのだ。
 あたしはちょうどすずかから本を借りていたので、それを取りに一度家に帰り、後を追う形ですずかの家に到着して、

「で、こうなってた、と」
 そういえば昼休み明けの五時間目――いつもならそれはあたしの役目だろうに――うつらうつらと舟を漕いでいたすずかを見て「珍しいこともある」とは思ったのだけれど……この展開までは予想できなかったわね。
 ともあれ、現状最も重要なのは、はしたなくも制服を脱ぎ散らかして、あろうことか下着姿のまま半身を起こして寝ぼけ眼を擦っているすずかなわけで。
 え〜と、とりあえず着せるべき? 意表を突いて脱がすべき? まずい、混乱してる。
「え、と……すずか、起きてる? とりあえず服来なさい、服」
「んぅ……?」
 駄目だ。寝てる。
 すずかは差し出した指の匂いを嗅ぐ猫のようにほにゃ、と首を傾げ、起き抜け特有のとろんとした瞳で上目遣いにあたしを見つめている。その目元は、擦ったせいか仄かに赤みが差していて、欠伸なんてしたものだから涙が浮いて微かに潤んで……。
 ああ、なんていうかもう……駄目だ。色々と大変だ。
 かろうじて残った理性を総動員して、あたしは足元の制服を拾い上げる。そうだ、臭い物には蓋……じゃない、恥ずかしい物は、早く隠してしまわないと。
 はた、と。マントでも被せるように、手にした制服をすずかに羽織らせる。すると自然、あたしの両手はすずかの肩に回すような形になって――。
 何処かで見たような、お約束極まるポジション。寝息混じった温かな風を鎖骨の辺りに感じながら、制服の前を合わせる。ばくばくと響く動悸が伝わったように激しく揺れる手で、もどかしさを押し隠して一つ一つ、ボタンを閉じていく。よし、上手いぞあたし。あと一つ。
「う、ぇ?」
 そんなとき。大袈裟でなく、希望と平穏と安寧に続くあたしの道を断ち切るように、す……と。すずかの、仄白い涼やかな両手が、そっと、あたしの頬に添えられて。
「ありさ、ちゃぁん……」
 熱に浮かされたような顔が近づいて……、

 ――こつん

 と。火照りに火照ったあたしの額に、ひんやりとしたすずかのそれが重ねられた。
「……だっこ」
「へ!? あ、ちょ、すずかっ!」
 いつの間にか首に回されていたすずかの腕。引き寄せられるように、ぐるん、と。あたしはベッドの上に引き倒されて……。
 一瞬で上下が逆転した景色の中、陶然としたすずかの笑みだけが、あたしの視界を支配した。
 そこから先は、一瞬。何が何だかわからないまま反射的に起き上がろうとするあたしの両手をしっかと押さえつけて、そのまま圧し掛かるように、真実体を重ねるようにして、すずかの唇が、あたしのそこに重ねられた。
「んっ! む、ぅ……」
 抵抗も長くは続かない。咄嗟に声を上げようとして開いてしまった口に差し込まれたすずかの舌が、あたしの歯を一本一本数えるみたいにして、揺れて、触れて、振れて……、
「ぅ、ん……ふ」
 呼吸すら忘れたように強く強く押し付けられる唇が、絡め合うように絡め取るように奪うように撫でる舌が、流れ込み流し込まれ溶け合い融け合う雫が。
 薬のようにじんわりと。
 毒のように急激に。
 あたしを熱に沈め、理性の一欠片まで侵すように、……。
「ふぁっ、っは……は、ぁ……」
 唐突に離される唇。熱だけを名残のように蟠らせ、キスの余韻がぽろぽろと零れるように失われていく。恥ずかしくて寂しくてちょっと嬉しい、全速力で走ったあとほんのりと鼓動が落ち着いていくのにも似た、安らいだ感覚。
「アリサちゃん、かわい……」
「あ――」
 もうどちらが眠っているのか、夢を見ているのか、わからない。
 ただ、泡のように消えてしまった熱がもう一度欲しくて、あたしは横になったまま、すずかの体を引き寄せる。引き寄せて、引き倒して、押し倒して、上に。
 ついさっきのそれと同じように、あたしはすずかを見下ろす形になった。
「すずか、……」
 名を呼ぶ。そのあとに、あたしは何を続けようとしたのか……宙に浮いたような言葉尻。でも、あたしでもわからない本心を、すずかはちゃんと理解していた。
「ん、いいよ。アリサちゃん」
 何が「いい」のか、さっぱりわからない。でもそれは、例えるなら表面張力で限界ぎりぎりで保っていたコップの水に、雫を一滴垂らしたような……全てを決壊させる一言だった。そして無論言うまでも無く、あたしが今一番欲しかった言葉でもある、のだった。
「すずかっ……!」
 一瞬、「ああ、さっき着せたばかりなのに、勿体無いな」なんて益体の無いことを頭に過ぎらせながら、あたしは今さっき自分の手で止めたボタンを、今度は一つ一つ、外していく。
 袖から腕を抜くことさえもどかしい。はだけさせただけのすずかの首にそっとキス。
「んっ……」
 ぴくん、と体を揺らすすずか。その反応がおかしくて、あたしは今度は、窄めた舌先を突付くように触れさせる。頚動脈の辺りをなぞるようにして、顎、頬と伝い、耳。わざと息を吹きかけるようにして、その内側に唇を触れさせる。
「ふぁ、やっ……そこっ!」
 ん、どうやら耳が弱いらしい。ならばとばかりに、あたしは歯を立てず唇だけで耳の上の辺りを噛む。ちろちろと舌先でくすぐり、少しずつ耳たぶの方へ……。その間にも手は休めず、ブラの下から潜り込ませるように差し入れ、やんわりと愛撫を繰り返す。
「ぅん……あっ、やぁ……」
 すずかはされるがまま。時折小刻みに体を震わせるばかりだ。
「すずか……気持ちいい?」
 もっと反応が欲しくて、聞きようによっては意地の悪い質問をする。それでいて、答えるのを邪魔するように、あたしの手はすずかの胸に添えられたまま、唇も先ほど辿った道程を遡るように首筋から鎖骨へ。いやらしく糸を引く舌の這ったあとはがてらてらと光って、酷く艶かしい。
「あぅ、ん……気持ちいい、よ。いい、けど……」
「けど?」
「足りないよ、アリサちゃん。……足りないの」
「それじゃわからないわよ。どうして欲しいのか、ちゃんと言いなさい?」
「うぅ……」
 言葉を続けながらも、あたしは舌を止めない。わざと外さないままのブラの上から焦らすようにキスを重ねる。もどかしいのだろう、すずかの腕はあたしの頭を掻き抱くようにして、ぐいぐいとその胸に押し付ける。少し苦しさはあるけれど、夢中で求められる感覚が、なぜだかとても心地良い。
「もっと、大事なところ……っ」
 いつしかすずかは顔を真っ赤に染めて、最後にはしゃくりあげるようにして、搾り出すようにひっそりと、そんな言葉を口にした。
「アリサちゃ、っ……アリサちゃんっ! 欲しいの、欲しいから……ぁ……」
 うわ言のように繰り返される言葉は、もう既に意味を伴っていない。……ま、この辺が限度かしらね。
「わかったわよ、すずか」
 すずかの体から手を離して、観念したようにあたしは言う。
「ぁ……」
 心底ほっとしたような、陶酔した顔を浮かべるすずか。でも残念、なんだか今日のあたしは、自分でもどうかしちゃったんじゃないかってくらい意地悪なのだ。でもそれはもちろん、すずかのせいで。
 だからこれからすることは、自業自得。
「すずかがどうして欲しいのか……あたし、ちょっと“わからない”から」
 なんて嘘。込み上げてきそうな笑みを必至に押し殺しながら、あたしは淡々とした風を装ってあんまりなセリフをさらりと口にする。
「だから、同じことをあたしにしてごらんなさいよ。どこをどうやってどうして欲しいのか、同じように」
「………………え?」
 あ、固まった。ぱちぱちと目をしばたかせ、言葉の意味を反芻するように、数秒。
「ほぉら」
 もちろん、あたしはそんなの待ってなんてあげない。呆けたままのすずかの体を起こして、その手を取って胸のあたり……あたしの制服の、一番上のボタンに触れさせる。
 何が何だかわからないといった顔で、すずかはあたしの指から伸びた見えない糸に操られるように、ふらふらとそのボタンを――はずした。もう一つ、もう一つ、あと一つ……。
 はだけたあたしの胸。小悪魔めいたあたしの微笑。それらを交互に見比べるすずか。その仕草はなんだか、リスを連想させた。
 呆然とするすずかを置いてけぼりにしたまま、あたしはぽす、とベッドに体を投げ出す。下から見上げて、一言。
「――しなさいよ、すずか。最初はあんなに積極的に求めてきたじゃない。それとも、自分からするのは嫌なわけ? 触れられるのは好きなのに、触れるのは嫌いなんだ?」
「あ、ぅ……」
「言ったでしょ。すずかがどうして欲しいのか、同じことをあたしにしなさいって。ほら、すずかが触って欲しかったのはどこ?」
 あたしは再度すずかの手を取り、ぐいっと引っ張った。倒れこんでくる体を受け止めると、自然、胸ですずかの頭を抱きとめる形になった。
「――そこ?」
「っ――あ、アリサちゃん!」
「ぅんっ」
 ん、スイッチ入ったっぽい。すずかはあたしの背中に手を回して、不器用に口で押しのけるようにしてブラをずらし、顕になった頂にむしゃぶりつくように吸い付いた。
「んぅ、ちゅ……っぷぁ、はぁ……んっ……」
「ぁあっ、……ん、ふ……何よ。やれば、ぁっ……できるじゃない」
 腕の中、あたしの胸を愛おしげに舐め回しながらも、すずかの指はあたしのスカートの中をまさぐって、太腿を這っうようにだんだんと上へ。
「そう、そこでしょ? そこよね。んっ……ほら早く、されたいようにしなさいよ……」
 う、まずい。ちょっと……平静を装うのも厳しくなってきた、かも。
「アリサちゃん、キス……」
「いちいちお伺い立てなくたっていいわよ、ん……む、」
 二度目のキス。唾液を交換するように互いの舌を貪りながら、あたしはすずかの首をきつく抱き寄せ、すずかは今度は一転して器用に、片手であたしの下着を脱がせる。
「ちゅ、ん……ここ、ここに、触って欲しいのぉ」
「は、ぁ……いいわよ、触ってあげるから……」
 まるでさかしま。触って欲しいと言いながら触れるのはすずかで、触ってあげると言いながら成すがままなあたし。いつの間にかしっとりと濡れそぼっていたあたしのそこを押し開くように、すずかの指が差し込まれる。
 くちくちと粘性の音を立てて、細い指があたしの中をかきまわす。
「ん、くぅっ! あ、すずかっ、ちょ、いきなり……激し、ふぁ、ぁぁあっ!」
「わたし、ここ……弱いから、ぁ……アリサちゃんも? アリサちゃんもここ、きもちい?」
 弱いなんてものじゃない。すずかが引っ切り無しに与え続けてくる刺激は、歯を食いしばって耐えでもしない限り、すぐにでも登りつめてしまいそうなものだった。
 それも、すぐに限界。そもそも歯を食いしばるもなにも、いつの間にかあたしの口にはすずかの空いた手の指が咥えさせられていて、舌足らずな嬌声を上げる以外あたしに成す術なんてなかった。
「うぁっ、や、ら……ひぁっ! そ、こ……らめらって、ば、ぁ、あ、あ、んぅ……あぁぁっ!!」
 更に唐突に加わる刺激。中を擦りかき回す指が一本増えて、そのどちらもが同じ場所を交互に責める。咥えさせられた指は抜けて、あたしの唾液で塗りたくられた指がさらけ出された胸の頂を痛いくらいにつねる。
「んむっ!? ん、んんんっ!!」
 代わりにとばかりに唇には三度舌が挿し込まれて、声を出すことさえ封じられたあたしは蜜に溺れて、しっかとすずかに抱きつく。
「んあっ! すずっ、すずか、ぁっ! もうっ、や、あ、ぁたし、ぃ、ひぁっ、イっちゃ、あ、んんぅっ!!」
 思考はばらばら。何も考えられない頭で、必至にすずかを呼ぶ。それに応えるように、すずかはあたしの耳元に唇を寄せて、
「ん、いいよ。アリサちゃん」
 最初と同じ、最後の言葉。囁かれた声は口の中で融ける砂糖のように甘く鼓膜を犯して、
「ふぁっ! あ、ぁ、ああっ! ん、っ――――っっ!!」
 それに引き上げられるように、あたしは声にならない叫びと共に達した。

…………。
……。
…。

 ――数分後。
 息も絶え絶えに、あたしたちはベッドの上で裸のまま抱き合っていた。というか、うぅ……結局最後までしてしまった。致してしまった……。
 と、
「……あれっ!?」
 唐突に、すずかが何かを思い出したように素っ頓狂な声を上げた。
「どっ、どうしたの、すずか……?」
 まさか、さっきまでの記憶が無くて、気が付いたらこの状態だったとか言うんじゃ……。
 微妙に洒落になっていないあたしの懸念を他所に、すずかが言ったセリフは、
「なんだかんだで立場逆転しちゃってたけど、わたし結局最後までしてもらってないよ?!」
「…………あ」
「アリサちゃんがしろっていうから、何だか本当にしなくちゃいけないのかと思ってつい勢いに任せちゃったよぅ……」
「え、……っと、てことはもしかして?」
「アリサちゃん、約束……守って」
「だっ、第二ラウンドぉーーー!?」

 

     終 (落ちてない?w

 







沈月 影様

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