「あ、あの……なのは、これは一体どういう状況なのかなー、とか思ったりするんだけど……」
「お仕置きっ!」
「そんな理不尽な!? ボクが何したって言うのさ!」
「あ、あのー……で、なんで私もここにいるのかな……?」


 なのはとフェイトの宿泊している部屋。
 その寝室の大きなダブルベッドの上に一人。
 両手首をバインドされて頭の上で固定されている。
 そんなユーノの前で、怒り心頭といった感じのなのはと、ただただひたすらに困惑し続けるフェイトが佇むのであった。


 

 フェイトさん細腕繁盛記「誰がために鐘は鳴る」

                   後編




 じょき、じょき。
「わ、わあああああ、やめてやめて、やめてよなのはっ!」
 ユーノが目に涙をためて懇願してる。
 けれどなのははまるで気にすることなく、当然のことだとでもいわんばかりに、せわしなく手を動かす。
「ほーらほーら、動くと危ないよー? おとなしくしてた方が身のためだと思うけど」
 じょき、じょき。
「やっていいコトと悪いことがあるだろ!? このスーツ、今日の為におろしたのに!」
「どっちみちもう手遅れなんだし観念するの。ほら、顎上げて……」
 手首を拘束されたまま、着衣を裁ちバサミで徐々に切られていくユーノ。
 喉元に突きつけられた刃物の輝きに一瞬目を移し、息を止めてゆっくりと顎を上げていく。
 ……なんか、ちょっと素直で可愛い。
「うううううう。ボクが何したって言うのさ……」
 元はスーツであった残骸をまとい、不満を漏らすが、その表情はすべてを諦めたように、どうにでもなれといっていた。
 じゃきん。
 裾から襟までをでたらめな軌跡で切られた上着が痛々しい。
 ゆっくりゆっくりと時間をかけて切られていった服はすでにその役目を果たせず、ただの布切れと化してしまった。
 布の隙間から覗かせた白い胸を眺め、楽しそうになのはは目を細め、つつ、と指先で撫でていった。
「あんな大勢の前で恥かかされたんだもん。今日はちょっとやそっとじゃ許さないからね?」
「だからボクはやるだなんて一言も言ってないじゃないか! 無理につき合わされたボクのことも考えてよ!」
 ぐ、と顎を持ち上げられて、ユーノが口を閉じる。
 す、と近づいた吐息にあてられて、目の前にせまったなのはの瞳に魅入られながら。
「口答えしないの。事実は事実なんだから」
 ……どう考えても逆恨みのような気がするんだけど……ここでそんなこといったら、私も似たような目にあうんだろうな。
 背筋に冷たいものを感じながら、居心地悪く縮こまって。
 ユーノの首筋に軽く噛み付いて、何度も吸いたてるなのはを見ていた。
 ふたたび離れたときには、ユーノの首筋は赤く腫れ上がっていて。
 キスマークで埋め尽くされた首筋はなんていうか、かえって痛々しいほどだ。
 ……明日も仕事なんだろうなぁ。

 ぎし、とベッドが軋んで、ユーノの胸を撫でまわしながら、なのはが私のほうを向いた。
「ね、フェイトちゃん、こっちきて」
「……え? ええ!?」
 膝立ちで少しずつ、なのはが近づいてくる。
 面白いいたずらを思いついたとばかりに、満面の笑みを浮かべて。
 すっかり動転して二の句も告げない私の手を引きずり、強引にベッドの上へ引っ張り出された。
 体勢を崩してどさ、と倒れこむと、スプリングがたわんで、ユーノの体が跳ねた。
 ちら、と目の端に入ったユーノの胸を見て、一瞬どきりとする。
 頬がかーっと熱くなるのを感じて、あわてて取り繕うように起き上がる。
 ユーノから顔を背けるようになのはを見ると、ジャケットを脱いで、ブラウスのボタンをぷちん、ぷちんと外しているところだった。
「ほら、フェイトちゃんも脱いで。今日は見せ付けてやるんだから」
「え、え、ええええええええ!?」
 その声は私のものか、それともユーノが上げたものか。あるいは両方かもしれない。
 ブラウスをはらり、とおとして、なのはの上半身はブラだけになる。
 淡いピンクが白い肌に映えて、私をどきりとさせる。
 一瞬動きの止まった私を見て、なのははにこりとひとつ微笑み、手を差し伸べて、私を引き寄せた。
 目の前になのはの顔が迫る。
 吸い込まれそうな瞳の奥に、意地の悪い光を携えて。
 思わず見とれ、少し開いてしまった唇に、いきなり熱い感触が割り入ってきた。
「ん、んんんっ!?」
 ぬるり、と頭の中をかき回される気持ち。
 たっぷりと弄ばれて、視界がぼやけてきた頃、糸を引いて、ようやくなのはの顔が離れていった。
 状況についていけない私の頭は沸騰寸前で。
 逃げ出す、なんて簡単なことも考えられなくなった私の体に、なのはが触れてくる。
 首筋から手を差し伸べられて、ぞくりと快感が沸き起こる。
 これも、なのはの魔法なのだろうか。
 触れられているだけで、私を芯から蕩かしてしまう、不思議な力。
 わずかに息を荒くして、動きを止めた私になのはは容赦なく、ジャケットのボタンを外しにかかる。
 細く綺麗な指が器用に動いて、ぷちん、ぷちんとボタンをひとつずつ外していく。
 その動きに見とれているうちに、いつのまにかジャケットもブラウスにいたるまで、肩からはらりと落とされて。
 上気した頬で、なのはを見つめている。
 いつもと同じように、これから起こることに期待して。
 その手が私を包んでくれるのを、じっと待っている。
 いつのまにか、なのははスカートも脱いでいた。下着だけの姿になって、ふわ、と私の首に手を回し、優しく引き寄せて。
 抱きしめられるままに、うっとりと頬を寄せる。
 ぷちん、ぷちんとまた音がして。
 抱き寄せられた私は、いつのまにかショーツだけの姿になっていた。
「ふ、あ……」
 胸元へキスをくれるなのはの頭を抱きかかえる。
 もっとしてほしくて。離れてしまうのが無性に怖くて。
 背中に回された掌が、優しくなぞってくれていた。
 落ち着かせるようにゆっくりと動くのに、私の鼓動は早まるばかりで。
 今日は何をしてもらえるんだろう。
 どれぐらい可愛がってもらえるのだろう。
 期待に瞳が潤んで、喜びに震えすらこみ上げてくる。

 

 ごくり、と唾を飲む音が聞こえて、不意に我にかえる。
 音の主は近くにいるけれども私でもなのはでもなく。
 バインドをかけられて、すでにボロ布と化したスーツをいまだ身体にまとわりつかせた、ユーノだった。
 焦点のブレる目でユーノの顔を見ると、その翠色の瞳は私の胸元へ注がれていて。
 途端、頬に血が上る。
 慌てて隠そうにも、なのはがしっかりと私の身体を抱きかかえていて、腕すら動かせない。
 『見られている』それを意識してから、どくん、どくんと心臓の音が大きくなる。
 吐息に熱がこもっていくのがはっきりとわかり、なのはの手の感触がよりはっきりと感じられるようになっていった。
「なぁに、フェイトちゃん、見られて興奮しちゃってるの?」
 その言葉にびくりと反応する。
 そんなことない、と言おうとしたのに、ぱくぱくと口をあけるばかりで、言葉になってくれない。
 ……これじゃ、まるでそうです、って言ってるようなもんじゃないか。
「いいの、今日は見せつけてやるんだから……もっと感じて見せて?」
 痺れた頭に、なのはの言葉が染み渡る。
 身体中あますところなく触れられて、喜びに打ち震え。
 細かなさざ波が砂浜へ何度も打ち寄せるように。
 突き崩された砂城が何度も波に攫われてかたちを失っていくように。
 くちり、とわずかに聞こえた水音に、火のつくような恥ずかしさがこみ上げてくる。
 赤くなっているであろう耳をはむ、と噛まれて、思わずぴくんとはねた。
「あ、あ……だめ、だめだよ……ユーノが見てるよぉ……」
 その言葉を聞いてくれたのか。
 不意に身体を走っていた快感が急に途切れる。
 両脚の間から離れていく指先を見て、押し付けるように動かす。
「あっ……」
 する、と解かれた抱擁に声が漏れる。
 それはまるで見られていることなど関係ない、といわんばかりの濡れた声で。
「なぁに? もっとして欲しかった? ……ふふ、焦らないでいいよ。ただ今日は、お仕置きって名目だからね……ユーノくん?」
「きゃ……!」
 なのはの視線を追った先にユーノがいる。
 呼吸を荒く、胸を激しく上下して、苦しそうに。
 窮屈そうに、膝と膝をこすり合わせてるその間では、ズボンの布地が大きく膨らんでいて。
 今頃になってどれだけ恥ずかしいことをしていたのか自覚する。
「ゆ−のくんのえっち。なーに、私達を見てこんなにしちゃってるの?」
「し、しょうがないだろ!? 目の前でこんなの見せられたら、男なら誰だって……!」
 そんな抗議をあげるユーノの口を、指先を突っ込んでふさぐなのは。
 にじり寄り耳元へ唇を寄せて、小さな声で囁いた。
「どう、美味しい? フェイトちゃんの味だよ」
 ぼっ、と真っ赤になる自分を自覚した。
 そそそ、そういえば、あの指は私の……をいじってた……
 あまりの恥ずかしさに、今更に胸を隠すように縮こまる。
「苦しそうだね……楽にして欲しい? ユーノくん」
 指を引き抜いて、ユーノの頬へしずくをこすりつける。
 ささやく言葉は、どこまでも尊大で妖しく、そして甘美で魅力に溢れていて。
 ほとんど涙目で、主人に傅く犬のように、ユーノは従順に答えを返す。
「お願いします……楽に、してください」
 その答えに満足したのか、にこり、と微笑んで。
「ん、よしよし、よくいえました」
 芸をうまくできた犬を褒めるように、2・3度ユーノの頭を撫でて。
 上体を起こし振り向いて、かちゃかちゃと慣れた手つきでベルトを外していく。
 ジッパーをおろすと、下着が盛り上がっていて、形までわかりそうなほどだった。

 ……大きい。
 目を離すことができずに一連の動作を見続ける私。
 見ちゃいけない、と思うのに、縫いとめられたように身体は動かない。
 それどころか細部を確かめたくて、近づこうとしてさえしている。
 いつしか身を乗り出していた自分に気づいて、慌てて居住まいを正す。
 そんな私を見て、なのはが笑った。
「いいよフェイトちゃん、おいで。一緒に可愛がってあげよう?」
 一瞬、何を言われたのか全くわからなかった。
 言葉の意味を理解するには、私の頭はあまりにも錯乱していて。
 目を白黒させる私の手を強引に引っ張り、ユーノの身体へ近寄らせる。
 前のめりに手をついた私の目の前に、ユーノの股間があって。わずかの距離にある男性の部分に、思考が止まる。
「見るの、初めてだよね……教えてあげるから、やってみよっか」
 そういって、なのははするするとユーノのズボンを下ろした。
 締め付けを失った布地は跳ね返り、よりいっそうに盛り上がりを大きく見せる。
「逃げちゃだめだよ……」
 そういって、なのはの手が下着にかかった。
 ゆっくりゆっくりと、大事な宝物をもったいぶって見せる様に。
 やたらに時間が長く感じられて、息をするのも忘れ、じっと見つめる。
 少しずつ、少しずつ姿を見せる男性の象徴。

 ……こんなに、大きいものなんだ……
 赤黒くて、血管が浮いて、グロテスクな形で……
 びくん、びくんって苦しそうにしてる……

 気持ち悪い形。正直にそう思うのに、なぜか目を離せない。
 こくん、とつばを飲む音がやけに大きく聞こえた。
「触ってみる?」
「……え」
 子供みたいに、楽しそうな目で、なのはが私の目を覗き込んでくる。
 ぎゅ、っと握られた手の体温を感じて、少しだけ勇気が出てくる。
 なのはの手に導かれるままに、そっと手を伸ばしていって。
 ほんの、ほんの少しだけ、軽く指先で触ってみた。
 瞬間、びくん、と跳ねて、その勢いに驚いた私は手を引っ込めてしまった。
「あー、驚かせちゃだめじゃない。大人しくしてなさい!」
「む、無茶言わないでよ……」
「じゃ、先に手本見せるね。こうやって……」
 そういって、なのはの細い指が蠢く。
 股間からそそり立つモノにそっと掌を添えて、表面を撫でる様に。
 先端のあたりをくしゅ、くしゅと指先でいじる。
 傘のようになった部分に指の腹をからませて、軽く上下に揺する。
 何度かこするうちに、先端の割れ目から、透明な液がじわ、とにじみ出て。
 それを見てなのはは少し嬉しそうに、にこ、と微笑んだ。
「男の子はね、気持ちいいとこのお汁が出て来るんだよ……だから、これが出てきたら、褒められてると思ってね」
 そういって身をかがめ、握り締めたものにキスをするなのは。
 ちゅ、ちゅ、と音がかすかに聞こえて、軽く吸っているのだと、なんとなく理解した。
 ……美味しい、のだろうか?
 頬を赤く染めて、嬉しそうにしているなのはを見ていると、そんな疑問がわいてくる。
 ……どんな、味、なのかな。
「さ、フェイトちゃんもやってみようか。今度は逃げないでね」
「う……うん」
 好奇心と恐怖心のしじまで怯えながら、そっと手を伸ばす。
 ぴくん、とまた跳ねたけど、さっきよりは怖くなくて。
 追いかけるように指を動かして、肌に触れる。

 ……うわ……すごく熱い……
 こんなに熱くて……びくびくって、脈打ってて……すごく、辛そう。
 ……触ったりしていても、大丈夫なのだろうか?
「ほら、触ってるだけじゃなくて、ちゃんと動かさないと。さっき見せたみたいにしてみて?」
「え……えと……こう、かな……?」
 さっきのなのはの手の動きを思い出す。
 確か、こうやって……
「う……」
 ユーノのうめき声。何かいけなかったのかと驚いて、慌てて手を引っ込めた。
 目の前のなのはは、仕方ないなぁ、という顔で、ユーノを軽く睨んで。
「なぁにユーノくん。フェイトちゃんに触られて、気持ちよかったの?」
 にやにやと意地悪く笑いながら、なのは。
 その視線に押しつぶされそうに小さくなりながら、ばつが悪そうにするユーノ。
 ……気持ち、よかった、の?
 私が触れて……それがいい、って、いってくれるんだ……
 とくん、とくん、と胸が鳴る。
 なんだろう。よくわからないけれど、じんわりと胸の奥があったかくなって、わけもなくほんの少し、嬉しくなる。

「じゃ今度は、お口でなめてみようか。少しずつでいいから、周りから舐めてみて」
「え、ええええ?」
 触るだけで怖いのに、これを、舐める……そんなことができるのだろうか。
 とくん、と胸がまたひとつ高鳴って、これを舐めている自分を想像する。
 なんだかそれだけでおなかが熱くなって、してみたい、という気持ちがほんの少し、わいてくる。
 少し時間がたって、覚悟を決めたように、またそっと手を伸ばす。
 ……なんだか、もう触ることにそれほど抵抗はない。
 最初は確かに気持ち悪かったけれど、触れた感触が柔らかくて、でも固くて、楽しくなってくる。もっと触りたいとすら思う。
 両手を添えて撫で回して。
 先端の柔らかさを確かめるように、ぷにぷにといじくってみる。
 頭がなんだかぼうっとしてきて、視界にはそれだけしか入ってこなくて。
 夢中でいじっているうちに、あの液体がじわ、とにじみ出てきたのを見た。
 ……あ……これ……
 さっきのなのはの言葉を思い出す。……私ので、気持ち、いいって……褒めて、くれたんだ……
 そんなことを思っていると、なんだか無性に愛おしく思えてきて。
 ……どんな味、なんだろう?
 そう思ったときにはもう、舌を伸ばしてひとしずく、舐めとっていた。
 ……美味しくはない。どっちかというと、苦い。
 けれど、私のしたことでこれが出てきたのだと思うと、この味がいい、とさえ思えてくる。
 もっと、出して欲しい。
 熱に浮かされたように、いつのまにか私は一生懸命に舐め回していた。
 ぺちゃ、ぺちゃ。先端から、幹のほうまで舐め下ろし、舌先でくすぐって。
 暴れまわるのを押さえようと、両手を添えて、指先を蠢かしながら。
 じわ、とにじんでくるものを一滴も逃すまいと、たくさんキスをくり返した。

「ひゃん!?」
 突然、お尻をなでられて、変な声を上げてしまう。
 びっくりして振り向くと、いつのまにかなのはが私の後ろに回っていて。
「ふふ、すごいよ、フェイトちゃんのここ。舐めてるだけで、感じちゃったんだ?」
 そういって、なのはは私のショーツの股布を少しずらして、指を近づけてきた。
 ずちゅ、と水音がはっきりと聞こえるほどにして、痺れが背筋に走った。
 そのままかき回されて、私はなのはに操られるマリオネットのように、声をはしたなく上げ続ける。
「は、ぅん……」
 ずぽ、と引き抜かれて、息をひとつ吐く。物足りなさげな視線をなのはに向けて、お尻を高く上げたまま。
 膝立ちで擦り寄って、なのはは私の耳元で顔を寄せる。
 いまだユーノのものに添えられたままの、私の手を確かめて。
「……フェイトちゃん、私、ひとつ、欲しいものがあるんだ。聞いてくれる?」
「え……何……?」
 私に出来ることなら、なんでもする。
 身体はもちろんのこと、心も、魂さえすでになのはのものだから。
 命が欲しいといわれても、私はためらうことなく従うだろう。
 けれどなのはの言葉はあまりに突拍子もなくて。


「私、フェイトちゃんの……はじめてが欲しいんだ」

 

 

 


「え、えっと……ホントにいいの?」
「ユーノくんはいいも悪いもないの。これは私とフェイトちゃんの、はじめてなんだから」
 なのはのそっけない言葉に、少し悲しそうな顔をするユーノ。
 バインドは解かれたけれども、長い時間拘束していたせいか、少し青アザが浮かんでいた。
 ベッドに寝転んだ私は、一切の服を着ていなくて。
 同じ格好のなのはに、組み敷かれていた。
「ん……」
 ちゅ、ちゅ、とついばむような軽いキスを何度もくれる。
 体温がなによりも嬉しくて、両手でなのはを抱きしめる。
 柔らかい感触に溺れるように、何度も触れ合って。
 ぎし、ときしんだベッドの音に、うっすらと目を開ける。
 なのはの肩越しに、ユーノの翠色の瞳が見えて。
 なのはだけじゃない。ユーノだって、私を見てくれる。
 あの頃に、私に言ってくれたように。
 いつだってどこだって、この瞳は私を見てくれていたんだと。
 だから、これからされることだって、ちっとも怖くなんかなくて。
 私は一人じゃないんだと、教えてくれる人たちだから。
 何を引き換えにしてもいい、私の大事な大事な人たちと一緒だから。
 だから、何も怖いことなんてないんだ、と信じられた。
「じゃあ、いくよ、フェイトちゃん……はじめて、もらっちゃうよ……?」
「……うん、来て……私のはじめて、あげるから……」

 瞬間。世界が白に染まった。
 びりびりと、下腹部に走る衝撃。
 それは全身に広がって、痛み、という情報を送ってくるけれど、
 私の脳は、それを痛みと判断しなかった。
 焼ける鉄の棒を突きこまれたような衝撃のなかで、私は懸命に目を見開いて。
 心配そうな、けれども優しい、私を思っていてくれる二人の顔をこの瞬間だけでも、脳裏に焼き付けておきたくて。
 これは、痛みなんかじゃない。
 喜びなんだと、あふれ出る涙が教えてくれた。
 この衝撃は、私を思っていてくれていることの証拠。
 私を愛していてくれる人がいるという、何よりの証拠。
 だから私は、涙を拭うことすらせず、ぼやける視界にしっかりと二人の顔を焼き付けた。
 嬉しい。嬉しい。嬉しい。
 私は今、ようやく……はじめて、生きていて良かったと、思っている。
 だって私は、一人じゃないのだから。


「フェ、フェイト、大丈夫……? やっぱり無理しないほうが……」
 ユーノの声。あの優しい、暖かい声。他人を放って置けない性格で、いつも不器用で、損ばっかりして。
「それは私が言うの。フェイトちゃん、痛いよね……でも、もうちょっとだから、我慢、できるかな」
 なのはの声。時に優しく、時に厳しく。いつも私を包んでくれた、大好きな声。
「だ、だい……じょうぶ……大丈夫、だから……」
 そういう私の声は、やっぱり少し震えていたけれど。
 おなかの中一杯に広がる途方もない充実感。
 この瞬間、私は二人に愛されたのだと、この熱さが教えてくれる。
「じゃ、じゃあ……動かすよ、フェイト」
「ユーノくん、やさーしく、やさーしくだよ。フェイトちゃん泣かせたら、あとでひどいからね」
 そんなやり取りの後、逡巡あって、ず、と痺れが走る。 
 ず、ず、と少しずつ少しずつ、削られていくような感触。
 まだびりびりと痛むけれど、私を見てくれる瞳に勇気付けられて、必死で耐える。
 なのはに手をそっと握られて、ようやく自分が震えていることに気づいた。
 私を心配して、優しく、けれど力強く握り締めてくれる暖かい手。
 その手にもうひとつ、大きな手が重ねられて。
 なんだかとても、とても救われた気分になって、痛みではない、嬉しさで涙を流す。
 泣かないで、と囁く声が聞こえたけれど、私はあとからあとから涙を流して。
 いつしかなのはにしがみついて、嬉しい、嬉しいと叫んでいた。
 肩を抱いてくれるなのはの手。
 頭をなでてくれるユーノの手。

 痛みなんてもうとっくにわからなくなっていて。
 気がつけば私の声はいつのまにか甘く甘く蕩けていた。


「あ、あんっ……な、なのは、わたっ……わた、しっ……なんか、ヘン……ヘン、だよぉっ……!」
 ふわふわと浮かんでいるような高揚感。
 空を飛んでいるときに似ている、けれどあれとは違う恍惚。
「そう、イっちゃうんだ。はじめてで、イっちゃうんだね、フェイトちゃん……可愛いなぁ」
「え、え、でも、こんな……こんな……あはっ……!」
 何度もなのはにイかせられたのに。
 気を失うほど何度も無理矢理達せられて、あれほどの感覚なんてないと思っていたのに。
 今私を襲う恍惚は、あれよりもはるかに大きく。
 波に弄ばれる小船に襲い掛かる津波のように、はてしない恐怖と期待を私に与えてくる。
「な、なのは、怖い、怖いよ、わたし……怖いよぉ」
「大丈夫、大丈夫だよ、フェイトちゃん……私がいるから……怖くなんかないよ……」
 そう呟いたなのはの唇が私の唇に重ねられる。
 舌を伸ばすのももどかしく、夢中になって貪る。
 怖さから逃げるように。心地よさを受け入れるように。
「ん、んふっ……ぷぁ……あ、あ、くる、きちゃうよ……あ、ああん、あ……」
 新鮮な空気を求め、なのはから唇を離して。
 ぎゅっと握られたなのはの手と、重ねたユーノの手の暖かさにすがりながら。
 最後はあっけなく。本当にあっけなく、私に襲い掛かってきて。
 ぷつん、と糸が切れたように、途方もない感覚がおなかの奥から昇ってきて。
「あ―――――――――――――――――――――――――っ!」
 高く高く一声鳴いて、どこまでも高く上り詰めて。
 二人の顔だけが、最後に見えた気がした。

 

 

 

 すやすやと、なのはがベッドの真ん中で眠っている。
 パジャマも着ない、生まれたままの姿で。
 同じ姿で私とユーノ、なのはをはさんで、上体を起こしたまま、二人でなのはを見つめている。
「その……ごめんねフェイト、こんなことになっちゃって……」
 ユーノが情けない声で話しかける。
 申し訳なさそうに、上目遣いに私を見て。
 なのはから顔を上げて、じろ、と少し睨む。
「……痛かった」
「う」
 そう呟いたきり、ユーノは押し黙って下を向く。
 伏せた翠の瞳がうっすらと輝いて、宝石のように見えた。
「あの……ホントごめん、許してくれ、なんてムシのいい話だとは思うけど、ボクにできることだったらなんでもするから、許してもらえないか?」
 両手を合わせて頭を下げ、必死に懇願する。その格好がとてもよく似合っているようで。
 怒るなんかより先に笑いがこみ上げてきて、許してあげる、といおうとしたのだけれど、さっきの言葉が気にかかった。
「……ホントになんでもしてくれる?」
 ちら、と目を上げて、こちらの表情を伺うようにほんの少しだけ面持ちを変える。
 その顔には、ああ、やっぱり怒ってるんだ、なんて絶望感がはっきりとわかるほどに見えていたけれど。
「う……ホント、ホントになんでもするから。だから……許して下さい」
 それを聞いて、目を細めてそっぽを向いて。
 唇に指を当てて、考えるしぐさをとる。
 お願いしたいことは、ひとつだけあるのだけれど。
「じゃあ、ひとつだけ、聞いてくれるかな?」
「……今できることなの?」
「うん、簡単だから」

 


 そうしてなのはを起こさない様に注意して、ユーノの顔を見つめる。
 幼い頃の面影を色濃く残した顔立ち。
 優しく声をかけてくれて、仲良く一緒に歩いた、懐かしい思い出。
 いつまでも忘れない、私が生きてきた証拠。
 色あせることのない、大切な宝物。

 この瞳に見つめられて、私は生きていく。これまでも、そしてこれからも。
 だから、こんな関係も、いいんじゃないかな。
 ちょっとだけ心の中で舌を突き出して、なのはにごめんね、と謝る。
 でも、私が二人に想う気持ちはどちらも本物だから。
 だから、ひとつだけ、ユーノにも、お願いをしてみよう。
 意味なんてなく、けれど死ぬほどの勇気と覚悟をもって。
 すう、とひとつ息を吸い込み、なのはの手を握りながら、はっきりと一言だけ呟いた。

 


 

「キスしてくれたら、許してあげる」
 

 

 

 

              fin.

 







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