「よし次、3列目縦隊前へ!」
高らかに響く教導官の指示の下、一糸の狂いも見せず、ばばっと隊列が移動する。
一列にならんだ顔ぶれはいずれも若々しく精悍で、次代を担う責任と誇りに満ち溢れて見えた。
「構え!」
各人が号令にあわせ、一斉に体制を整え、各々が手にした形状様々ではあるが概ね杖状の魔法制御装置――”デバイス”を標的である前方の的へと向ける。
形状によって構え方もまちまちである。
先端をライフルのように携える者、片手で捧げもち、射撃用魔法陣を展開する者、弓を引き絞るように、腕に装着したデバイスを後方にタメる者もいる。
個人の資質によって展開魔法陣も異なる。
根本的なミッドチルダ式・ベルカ式の違いに加えて、遺伝的資質・性格・戦闘スタイル・感情、様々な要因によって色・大きさ・フィードバック効果、極端な例では数すら変わってくる。
はるか後方でそのアイデンティティの織り成すイルミネーションを眺めていた観客が、一時感嘆の声を上げた。
全員が射撃体勢に入ったことを確認して、今日の特別公開演習の教導に当たっていた指揮官が、手を振り下ろすと共に、号令を下す。
「斉射!」
その瞬間、十数からなる光のラインダンスは、寸分の狂いもなく、それぞれのイメージする「ちからあることば」とともに、一斉に力を解き放った。
フェイトさん細腕繁盛記「誰がために鐘は鳴る」
かいたひと:ことり
数十もの次元の邂逅点――ディメンション・ラグランジュ・ポイントにうかぶ「時空管理局本局」の一角、特別訓練演習場。
ここでは管理局の最前線である武装局員が日々鍛錬を行い、明日のエースを目指して切磋琢磨する。
くわえて今日は年に一度の訓練の成果をお披露目する、公開演習の日ということで、いつも以上に武装局員達にも熱が入っているのだった。
「一同、整列! 捧げ、銃(つつ)!」
がしゃがしゃと物々しい音と共に、本日の演習に参加した者たちが一同に観覧席へと敬礼の姿勢を取る。
全員が直立不動の姿勢を取ったのを見て、満足げに教導官が胸元に刺したピン型の小型マイクへ向かって、挨拶を述べる。
「以上を持ちまして、本年度3期訓練生による、公開演習の全プログラムを終了いたします! 長時間のご観覧、誠にありがとうございました! なお本武装局員の教導、ならびに本日の進行については私、時空管理局戦技教導隊所属、高町なのは一等空尉が担当いたしました!」
朗々と述べる終了の挨拶。それが終わるか終わらぬかのうちに、誰からともなく立ち上がり、惜しみない賛辞の拍手を送る。
万雷のスタンディングオベーションをその年の教え子たちと共にその身に受けながら。
「お疲れ様、なのは。カッコよかったよ」
ありきたりな祝辞を述べながら、局員の制式服をピシッと着込んだ親友に歩み寄る。
来賓席は概ね空いてきていて、残る作業も訓練生に任せられる程度のものだから、もうお疲れ様、で問題はないだろう。
そんな声を聞いて、なのはがやり遂げた後の充実した笑みを浮かべて振り返ってくる。
「うん、ありがと、フェイトちゃん。まだもう一仕事やろうかと思ってるんだけどね」
いわれてみれば、訓練生が誰も帰り支度をしていない。
プログラム外にまだ何かあるということなのだろうか。
「そんなこといっても……来賓のお偉いさんたちは帰っちゃったよ?」
「うん、ここの特別公開演習場って滅多に使用許可が出るとこじゃないから、最後に選抜したメンバーと実戦形式で演習をしてみようかなって」
この演習場は次元連結点の非常に強固な場所に設置されている。
たとえこの場所で大規模次元震が起きようとも、被害は最小限に済むように設計されているそうだ。
そのために未確認ロストロギアの起動実験に使われることもあるとか。
ようするに個人レベルであればいくら無茶をしてもいい、暴れ放題なフィールドというわけである。
付き合わされる訓練生はたまったもんじゃないのだろうが。
「演習はいいけど……無茶はしないでね? なのはは昔から夢中になると周りが見えなくなるんだから……」
他意はなく、純粋になのはを心配しての言葉だったのだが。
当のなのはは、思い当たる節がありすぎるようで、苦い笑みを返してきた。
「あ、あはは……ど、努力はしてみるよ……うん」
煮え切らない返事を返すなのはに一歩近づいて念を押す。
「努力します、じゃダメ。怪我なんて持っての他だからね。なのはにもしものことでもあったら……私……」
言葉が続かない。その先のことなんて考えられない。
以前にも、ううん、いつだってなのはは無茶ばかりしていて、そのたびに私を心配させるのだ。
私はせめて、元気ななのはの笑顔を見ていたいだけなのに。
「大丈夫だよ。ほら、そんな顔しないで……フェイトちゃんが『お帰り』って言ってくれるから、私も頑張れるんだから」
言われて、自分が目にうっすらと涙をためている事に気づく。
ああ、こんなんじゃダメだな、と思う。
疲れたなのはに「お帰りなさい」っていうのは、笑顔じゃないといけないって、わかっているのに。
「どっちかっていうと、心配した方がいいのは訓練生たちの方だと思うんだけど……なのはは加減知らないから」
不意に、横手から声をかけられる。あわてて目じりをぐいっとこすって振り向くと、昔なじみの顔がそこに見えた。
ブロンドの髪に、翠色の瞳。来賓としてきていたのか、見慣れないスーツ姿で。
「ユーノくん! 来てたの?」
「……来てたのはないだろ? 招待状送ってきたのは君じゃないか」
そういって、ひらひらと封筒を振る。表には『無限書庫司書長殿』と書かれていた。……なのはの字で。
「空軍のエースオブエースに直筆の招待状なんて送られたら、こないわけにはいかないだろうに。
おかげで仕事をあらかたほっぽって来ちゃったよ。帰ったらアルフになんて謝っていいのやら」
そういえばアルフは最近無限書庫でユーノの手伝いを始めたんだっけ。
難しく考えるのは苦手だといっていた彼女がそんなとこへ出入りを始めるとは思わなかっただけにすごくびっくりしたものだけど。
「フェイトも久しぶり。活躍は聞いてるよ。随分忙しそうじゃないか」
くるりと私のほうに向き直って、ユーノが微笑みと共に右手を差し出してくる。
友達というよりはまるで有名人にインタビューするような、そっけない対外的な辞令と一緒に。
「ユーノのほうこそ。こないだの論文読んだよ。考古学でももう権威って呼ばれるほどじゃない?」
そういって、再会というにはあまりに儀礼めいた握手を交わす。
ずいぶんと大きくなった友人の掌を握りながら、なんとはなく昔を思い出していた。
母さんの――PT事件の後、裁判を待つ間、私は一時ユーノと一緒に暮らしていた。
ユーノの事情聴取が終わるまでの短い期間だったけれども、母さんを失って半ば自暴自棄になっていた私に、彼は根気よく付き合ってくれた。
「家族ってのは、血の繋がりじゃないんだよ」
この世に一人きりだと思い込んでいた私に、そんな言葉をかけてくれたのを覚えている。
「君は一人じゃない、アルフがいる。なのはもいる。頼りないかもしれないけども、僕もいる。
寂しくなったときは、空を見上げるといい。同じ空の下、どれだけ離れていても、僕たちが君のことを想っているから――」
――あの言葉に、どれだけ私は救われたことだろう。
あの頃の面影を色濃く残した彼を見つめ、ふと感慨にふける。
「――いつのまにか、背丈も抜かれちゃったんだ。悔しいな……」
昔は私のほうがユーノを見下ろして、弟扱いしてたのに、頭ひとつ分ユーノの方が大きくなった今じゃ、私のほうが妹みたい。
時間の流れはいつだってゆっくりで、けれど確実に何かを変えていく。
「あ、ユーノくん、またネクタイ曲がってる。ずっとそのままだったの?」
「え、あ、いやその。慌てて出てきたもんだから……」
ぱぱっと首下を確かめて、ユーノが言い訳した。
私よりさらに頭ひとつ小さいなのはに詰め寄られて、たじたじになってる。
そのままなのはは「だらしないなぁ」と一言漏らして、ネクタイを締め直し始めた。
「ちょ、ちょっとなのは、いいよ、こんなところで!」
抗議の声を完璧にスルーして、なのはの手が動く。
……なんだかとてもやりなれてる感じがするけれど。
「だーめ、ほら、じっとしてるの。もー、いつになったらきちんとできるんだか……」
愚痴りながらネクタイを結んでいくなのは。
真っ赤な顔でおとなしく、されるがままになっているユーノ。
そんな二人の姿は、まるで……
ちくり、と胸が痛む。
なんだろう。とても微笑ましい光景のはずなのに。
私にとってユーノはとても大事な友達で、恩人で。
なのはは大切な親友で、大好きな人で。
なのに二人が仲良くしているのを見ると、胸の奥がちくちくと痛む。
この気持ちは、なんなのだろう。
「高町先生、戦闘フィールド形成、準備できました」
そんな声が、演習場の方から聞こえてきた。
そういえば、実技演習をするといっていたっけ。訓練生たちは演習用の結界生成にあたってたんだ……
「たかまち……せんせい?」
気の抜けた声をユーノが漏らす。
……あれ、そういえば普通なら『高町教導官』っていうよね。
「え、にゃはは、いや、教導官とか一等空尉とか呼ばれるの、なんだか照れちゃって……
わたし、昔から先生って憧れてたの。頭悪いから、なれないのはわかってたんだけど。
それで正式な場以外では、『先生って呼んで』ってお願いしてるんだ」
なんともなのはらしい答えが返ってくる。
そういえば、なのはが小学校の卒業文集に『先生になりたい』って書いていたのを思い出す。
当時はもう嘱託魔道士として働いてたはずだから、純粋に願望だったのだろう。
「そっか……夢、叶えたんだね」
なのはが輝いて見える。いつだって願いを叶えるために、未来を見据えて力強く歩んでいく彼女。
ただ、隣にいたかった。なのはの笑顔を見ることが出来れば、それだけで幸せだった。
――はず、なのに。
なぜ、だろう。
ユーノと二人、寄り添う姿を見ていると、猛烈に苦しい。
どろどろと灼熱のマグマに浸されていくように、際限なく押しつぶされていく。
――なのはの隣には、私がいるはずなのに。
笑いあう二人。頬染めて語り合う二人。
切り取られたように私の姿が欠けていて。どこまでも空っぽに、胸が痛む。
……その場所は、私、だけのものなのに。
「うん、じゃあ始めようか。ええと、メンバーはケイト、ジャニス、それに――」
なのはが名前を呼んで行く。
訓練生が呼ばれるたびに一人ずつ歩み出て、緊張した表情を浮かべていた。
いずれも選抜されたというだけはある。ランクにしてAAからAAAといったところか。
なのはも私もついこの間の認定試験でS+を受け取っているから、あと数名は呼ぶだろう。
AAAとSとの壁はそれほどまでに厚い。
居並ぶメンバーを見渡して、ユーノが小声で耳打ちをする。
「ちょっとなのは、何人相手にするつもりなの」
ボードから目を離して、なのはが振り向く。
心配そうなユーノを見上げて、笑顔を返す。
「大丈夫だよ、何かあっても、ユーノくんがいてくれるでしょ?」
不安なんか何もないといわんばかりに、あっさりと答える。
にこにこと笑うなのはに押されて、ユーノは大きくため息をついた。
「だからって無茶していいってわけじゃないんだからね……」
全てを諦めたように、脱力しきった声を絞り出す。
「うんっ、頼りにしてるよ、ユーノくん!」
――また、胸が痛む。
まとわりつく何かを振り払うように大きく吸い込んだ息は黒く濁り、わだかまる気持ちは吐き出すことすらできない。
なのはの安心しきった笑顔は私にも向けられていた、いつもの笑顔。
見ているだけで私を幸せにしてくれていたあの笑顔は、今は私を切り刻むように傷つける。
痛い。痛い。痛い。
なぜ、こんなに痛いの? なぜ、私はこんなに悲しいの?
ぐるぐると、答えの出ない問いが、私の頭の中を駆け巡る。
回りそこねた歯車が、ひとつ音を立てて外れて。
真っ暗な頭の中、誰かの声が響いた。
――ユーノ、なんか――
「……ねえ、なのは」
頭の中に響く声に浮かされて、私の身体が一歩踏み出す。
まるで熱病にでもかかったように、あまりにもその動きは不確かで。
振り返って私の名を呼ぶなのはに、誰かの声は再び言葉を投げかける。
「じゃあ、折角だしさ、ユーノにも模擬戦に参加してもらったらどうかな」
――え?
あまりにも唐突な話に、ぐるん、と視界の色が反転する。
この声は、いきなり何を言い出すの?
「なのはとはいつも模擬戦が出来るかもしれないけど、ユーノはいつも篭りっきりだもん。訓練生にもいい刺激になるんじゃないかな」
――そんなわけ、ないじゃないか。確かに戦闘はあらゆる敵を想定してやるものだけど、そもそもユーノは非戦闘員だ。
魔道士ランクだってAで、ここにいる選抜された訓練生より下なぐらいなのに。
「ユーノの得意はサポート系だけど、時間制限をつければいいんじゃないかな。時間までに決定打を与えれば訓練生の勝ち、ダメならユーノの勝ち、とか、さ」
――そんな理不尽な勝敗判定、あるものか。ユーノは攻撃手段を持っていないはずだ。
ただただ一方的に、しかも複数の魔道士相手に、時間一杯まで防衛し続けろというのか。
「ち、ちょっと、フェ――」
「あ、それも面白そうだねー」
……え?
未だぐるぐると回り続ける私の頭に、ユーノの抗議の声と、なのはの肯定の声が重なって響く。
「んー、でも訓練生とやるよりも、いっそ私と模擬戦しようか、ユーノくん」
唐突に。あまりにも唐突になのはは、そんなことを言い出して。
訓練生の方へ向き直って、歩き出していた。――ユーノの手をしっかりと掴んで。
その場にはしばらくの間呆然と、立ち尽くす私だけが残されて。
「それじゃ制限時間は10分。ルーニィ、計測お願いね。ユーノくん、準備はいい?」
「いいわけなんかないんだけど……どうせボクの意見なんか関係ないんだろう?」
白のバリアジャケットに身を包んだなのはを空に見上げながら、ユーノがぼやく。
デバイスも展開したなのはは、完全に臨戦態勢に入っている。
未だ展開についていけない私の頭は、必死でこの状況を理解しようと懸命に働く。
けれどなにをどう考えようと、所詮ランクAのユーノがなのはにかなうわけもなく。
脳裏に浮かぶのは、一瞬で勝負がつき、地に伏せるユーノの姿だけ。
勝負、なんてものじゃない。これは、戦車とアリの決闘だ。
わからない。いくら考えても、こんな戦闘に意味なんてないのに。
けれどレイジングハートを正眼に構えるなのはの目は真剣そのもので、冗談でもなんでもないことを訴えている。
『レディ……セット、ゴー!』
「いくよ、レイジングハート!」
<All right,my
master.>
タイムを計る訓練生の合図と同時、ひとつ吼えたなのはがデバイスをふりかざす。
対峙するというにはかなりの距離を開け、ユーノはただ自然体になのはを見つめていた。
「アクセル!」
声に答え、魔力が収束を始める。なのはが得意とする高速コントロール弾が呼びかけに応じ、現出する。
……だけど、いつもと違う。
なのはのアクセルシューターは、通常で10を軽く超える魔力球を生み出すはず。
今、なのはが作り出した魔力球はたったひとつ。しかも魔力密度がすごく薄い。
あれでは、いくら当てたところでさほど威力はないように思える。
ユーノに狙いを定めていたなのはがひとつ息を吸い、そのまま打ち出す言葉をはなつ。
「インパクト!」
っごぉぉぉぉぉおん!
――寸分の狂いもなく、声と同時、轟音が起こる。
私の目にも何が起こったかわからず、ただもうもうと立ち込める土煙の中、状況を把握しようと目を凝らす。
なのはからユーノへとうっすらと残っている魔力の残滓を感じ取りながら、ようやく理解した。
あれは、速度に特化した魔力弾だったのだ。
密度を薄くし、抵抗を限りなく少なくする。
通常複数の光球へ割り振られる魔力はすべて推進力に回し、徹底的に着弾速度を上げる。
威力の軽さは弾速で補うということか。
はやてのスティンガーブレイドをなのはなりにアレンジしたもの、といったところだろう。
確かに魔力球の様子から想像できる破壊力をはるかに超えていたように思える。
シールドの準備どころか防御体勢もとらず、棒立ちだったユーノは直撃を受けたはずだ。
私も、そして見守る訓練生達も、一撃で倒れたユーノを容易に想像している。
当然だ。だってなのははエースオブエースなのだから。
――なのに。
いまだなのはは構えを解かず、油断なく杖の切っ先を立ち込める煙の中へと向けている。
面差しからは緊張が抜けず、殺気すら漂わせて。
ありえない。ユーノは今の一撃を避けれるはずがない。
この規模の爆発の中、無事でいるはずがない。
けれど私には、その”ありえない”ことが起こっているのだと、背筋を伝う寒気が教えてくれた。
噴煙の中、ユーノは立っている。
そんなはずがないのに。
「あいかわらずいきなりなんだから……はぁ」
ようやく晴れてきた視界に、影がひとつ、言葉を呟いた。
ぽん、ぽんと服をはたきながら、けほん、と咳払いをする。
最初とまったく変わらぬ位置に、まるでダメージを受けた風もなく、ユーノが立っていた。
穏やかなグリーンの瞳に、半ば諦めの光を湛えて。
「なのはー? 10分だけだよ、今日は延長しないからねー?」
「言われなくたって……」
<Axel
Shooter,>
「そのつもりだよっ!」
再度魔力の収束を感じる。なのはの周囲に複数のスフィアが生まれ、高威力の魔力弾を生成し始める。
「シュート!」
3つを残し、9つの流星がユーノへと襲い掛かった。
軽いウェーブを描きながら、左右・上からと、逃げ場をふさぐように。
……なのに当のユーノはバリアを張ることもせず、ただ一度、はぁ、とため息をついただけだった。
「ユーノ、早く逃げ……!」
思わず私が声を上げたときにはすでに時遅く。
絶望に黒く染まる視界の中、桜色の魔力弾はひとつ、またひとつと、棒立ちのユーノの身体に命中していく。
ひどくゆっくりとした時の中で、私は信じられないものを見ていた。
何度もこの魔法を見てきた。
絶対のコントロールとスピードで、時に相手のバリアすら打ち砕いて。
その強力無比な魔力弾を、まるで意に介することなく。
肩に腹に、背に腕に。
確実に着弾を受けながら、ユーノは一切のダメージを受けていない。
驚愕の中、私が導いた結論はただひとつ。
――なのはの魔法は、ユーノのバリアジャケットすら抜けずにいる――
そんなことが、ありうるのだうか。
手加減をしているようには見えない。なのはから感じる魔力の高まりは明らかに完調で、むしろいつもよりキレがいいぐらいだ。
「レイジングハート! エクセリオンモード!」
<All
right,Exelion Mode standby
ready.>
薬莢がひとつ、デバイスから排出される。
わずかの時間の後、なのはの杖からは6枚の輝く翼が現れた。
「あー! ずるいよなのは、カートリッジ使うなんて!」
ユーノが目をむいて声を上げる。
「ずるくないよっ! 今日は使わないなんて一言も言ってないもん!」
「そんな子供みたいな言い訳!?」
抗議をするユーノを完全に無視して、なのはが威力射撃をするための集中に入る。
エクセリオンモードでの威力は今までとは比較にならない。
たとえ私の見たことが本当だとしても――人相手に使うようなモードではないのだ。本来なら。
最悪、ユーノは再起不能なまでに追い込まれる可能性だってある。
なのはは……いったい、何を考えているの?
「シュート!」
待機状態でなのはの周りを回っていた3つの魔力弾が一回り大きくなり、尾を引いてユーノへと飛び掛る。
先ほどとは比べ物にならない威力と速度を伴って。
「わ、わわっ!」
あわててシールドを張るユーノ。鈍い音を残し、エクセリオンモードのアクセルシューターがあっけなく弾かれる。
ひとつ逸らした魔力弾が地面へとぶつかり、轟音を上げた。
――まさか、殺傷設定!?
「いつもいつも無茶苦茶なんだから……ちょっとは周りのことも見て欲しいのに」
愚痴りながら、ユーノが初めて動いた。
軽く地を蹴り、なのはを正面に見据える高さまで飛び上がる。
「危ないじゃないか、結界はあるけど訓練生だっているんだよ?」
「ユーノくんが避けなければいいじゃない!」
「なんで!?」
<Excellion
Buster!>
無茶苦茶な言い分に虚を衝かれたユーノを隙と見たか、デバイスの音声とともに、衝撃波をはなつなのは。
万全とは言いがたかった体制で受け、強烈な魔力風にその場へと縫いとめられる。
あわてて姿勢制御に入るが、なのははすでに追撃体制に入っていて。
「ブレイク……シュ――――――――ト!」
膨大な光量を伴って、巨大な収束砲が発射される。
昔私が耐えたものとは比較にもならない、強力無比な砲撃。
直撃でこれをうけるなど、無謀にも等しい。
桜色の光の奔流はまっすぐにユーノへと向かい、触れた途端――流れを逸らし、結界の壁へと突き刺さった。
「!?」
目を凝らす私の目に入ったもの。
それは荒れ狂う風の中右手をかざし、シールドで砲撃を受けるユーノの姿だった。
いや、『受けて』はいない。
ユーノのシールドはわずかに正面をずれ、斜めに展開していた。
なのはの砲撃はその壁の流れに沿い、力のベクトルをずらされ、あらぬ方向へと曲げられていて。
本来の力の半分も発揮できないまま、収束砲は防がれた形になる。
……こんなことが、可能なのか。
通常シールドというものは、自身を囲む円形の認識空間に生成するものだ。
手をかざせばその延長上に発生するため、普通であれば攻撃を真っ向から受け止めることになる。
こんな風に受け流す使い方など、見たことがない。
「レイジングハート、フレーム展開! 行くよ!」
<Strike
frame open, A.C.S
standby,OK!>
いまだ魔力を放出しているなのはがデバイスに指示をする。
3つの薬莢が排出されると共に6枚の翼が大きく羽ばたき、次の瞬間、なのはの身体は弾丸のような速度で突っ込んでいった。
「んなっ!?」
叫ぶ暇も有らばこそ。
とっさに左手を突き出し、突撃をシールドで受け止める。
「う〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
杖の切っ先に生まれた魔力刃が、ユーノのシールドと衝突し、無理矢理にこじ開けようと火花を散らした。
<Power
slide!>
さらにデバイスが薬莢を吐き出す。
なのはの足から伸びる羽――アクセル・フィンが力強さを増し、飛び散る火花がいっそう激しくなる。
わずかに、ほんのわずかに手ごたえが変わるのを感じて、なのはが叫ぶ。
「シュート!」
声と共にあふれ出た光は、瞬時にユーノのいた空間を飲み込む。
まっすぐに突き進み、結界を揺るがせて。
シールドを貫いて打ち込む突撃砲。これに耐えられるものなどいない。
なぜならばシールドを抜けてしまえば、そこには無防備な敵がいるのだから。
『普通ならば』
「逃げるなっていったでしょ!?」
「逃げるに決まってるだろ!? あんなの食らったら死んじゃうよ!」
飄々とした声を出すのは、まぎれもなくユーノで。
シールドへ魔力刃を突き刺したまま、なのはが文句を言っていた。
――その光景を見て、ようやく理解した。
シールドを置き去りにしたまま、下方へと飛びのくユーノを見て。
ユーノは、任意の空間にシールドを展開しているのだ。
だから斜めにも置くことができるし、シールドで止めたまま回避行動をとるという、無茶苦茶なことまでできてしまう。
<Master,
It is two another
minutes.>
「うん、これで決めるよ、レイジングハート!」
残り2分、と告げられたなのはは、がしゃ、とひとつ薬莢を吐き出すデバイスへ、新しいマガジンを取り付けた。
「ち、ちょっとなのは、さすがにそれはひどくない!?」
悲痛な叫びはしかし、全く聞き入れられることはなく。
「マガジンだってひとつだなんていってないもん! おとなしく食らってよ!」
そんな無茶苦茶な、と素直に思う。
地面へと降り立ったユーノは呼吸をひとつ整え、再び飛び上がろうとして――引っ張られた右手に気づいた。
「バインド!?」
気づいたときには左手も固定され、ユーノはその場から動けなくなる。
獲物を睨む肉食獣の目で、なのはがレイジングハートを振りかざした。
がしゃ、がしゃ、と連続で薬莢を吐き出して。
「リリカル!」
瞬間。周囲の魔力素がなのはの元へと集まり始める。
あとからあとから、泉のようにわいてくる力を全て絞りつくすように。
廃莢は一向に止まらず、がしゃ、がしゃとひっきりなしに動き続ける。
それとともに周囲には魔法陣が展開される。足元だけにとどまらず、視線の先にひとつ。
「マジカル!」
加えてなのはを中心として、周囲に5つの魔法陣が描かれる。
ゆっくりと旋回し、五芒星の形を維持しながら。
「レイジングハート、スターライトブレイカーSLC、いくよ!」
<OK,My
master, Starlight Breaker "She's lost control"get set
ready!>
24発のカートリッジをようやく使い切って。
なのはとレイジングハートの元、巨大な光球が五芒星それぞれの頂点とかざした杖の先、計6つがあぎとを鳴らすように、ゆっくりと形作られていった――――
「ディスペル・バインド」
呟いた言葉と共に、ユーノの指先から細い糸が現れ、縛り付けていたバインドの輪に触れるや否や粉々に砕け散り、ほどなくユーノは自由を取り戻した。
「あ、フェイト」
不意に名を呼ばれ、我に帰る。
なのはの異常な魔力の高まりにあてられ、動けなかった自分に気づく。
こんな――こんな危険ななのはは、見たことがない。
「悪いんだけど、訓練生を守ってやってくれる? ちょっとこの結界じゃ心もとないから」
なのにユーノの口から出た言葉は、他人を心配する言葉で。
今まさに危ないのは、他の誰でもない、自分だというのに。
「な、何言ってるのユーノ! 早く逃げて! 殺されちゃうよ!」
たとえこれが非殺傷設定になっていても、こんな巨大な収束砲を受けて、生きていられるはずがない。
一級の魔道士といえど、魂ごとロストしてしまうような、常軌を逸した威力が簡単に想像できる。
触れた瞬間に魔力を根こそぎ持っていかれ、リンカーコアに甚大な損傷を受けるだろう。それこそ再起不能なまでに。
ましてこれが殺傷設定だとしたら、いったいどれだけの被害が出るのだろうか?
「上官に命令とはいい度胸だなフェレットモドキ」
背後に聞こえた聞きなれた声に振り向いて。
黒のバリアジャケットに身を包んだ身内の存在に、軽くあっけに取られる。
「お兄ちゃん!?」
「ああクロノちょうどいいとこに。防御結界の生成、お願いできるかな。ちょっとこっちは手一杯になりそうなんだ」
「お前に指図される覚えはない」
ぐい、と手を引かれて、たたらを踏みながら、私と兄はその場を離れていった。
足元を確かめるように何度か地面を踏み鳴らす、ユーノをそのままに。
「は、離してお兄ちゃん! なのはを止めないと、ユーノが……ユーノが死んじゃうよ!」
私を振り向くことなく、クロノは歩を進める。
「……とりあえずその『お兄ちゃん』はやめなさい。一応人前なんだから」
すっかり動転して、呼び名が昔に戻っていたことに気づく。
真っ赤な兄の頬を見て、はっと口元を押さえる。
「ほら、フィールド形成を手伝ってくれないか。こういうときにカートリッジシステムがあると助かる」
まるで危機感を感じさせない兄の言葉に、思わず手を振りほどき、声を張り上げた。
「そ、そんな場合じゃないでしょクロノ!? ユーノのことがそんなに嫌いなの!?」
――ちくん。自分の言葉に、なぜか胸の奥が痛んで。
「ずっと一緒にいた仲間じゃない! 友達だったんでしょ!?」
そうだ。彼はいつも私を気にかけてくれていて。
心が折れそうになったときも、ユーノの言葉を思い出して空を見上げた。
「ユーノが……ユーノがいなくなったら、私は悲しいよ!」
――ユーノ、なんか――
……そうだ。あの誰かの声が、また私の中に木霊した。
けれど、あれだけ私を惑わせた言葉が今度はとてもうすっぺらく、意味すら持つことが出来ず、ただユーノを案じる心の中へ、溶けて消えていった。
私は……私は、ユーノを嫌いじゃない。嫌いなわけがない。
大切な仲間で、大事な友達で。
一緒に笑い合える、かけがえのない人。
失いたくない。失いたくなんて、ない!
「ユーノおっ!」
「はぁ。なんでこんな厄介な娘を好きになっちゃったんだろうね?」
胸元から取り出した一枚のカードに向かって、ユーノはひとりごちる。
鈍く光るカードはしかし、何も答えてくれなくて。
ただ一度、起動のためのロックを解除する音だけがした。
「うん、ありがとう。じゃ、また手伝ってくれるかな」
そういって、カードを軽く放り上げる。
くるくると回るカードは光を振りまき、形を変えて、やがて杖の形をとる。
ぱし、と受け止めて、その重さを確かめるように、力強く握り締めた。
「さぁ、行ってみようか、S2U!」
「S2U!?」
ユーノの構えたデバイスを見て、思わず声を上げる。
元は兄の持っていたはずの杖。
「ああ、あいつがどうしても欲しいって言うから、譲ってやったんだ。ボクにはもう、デュランダルがあるからな」
ユーノがデバイスを使う姿を始めて見た。
いつも無手で魔法を使っていたのに。
「よく見ておくといい。面白いものが見れるぞ」
そういう兄の顔はいたずらに笑みを浮かべていて。
視線の先に立つユーノをまるでショーでも楽しむように、その表情からは心配なんてものはひとかけらも感じ取れなかった。
「レイデン・イリカル・クロルフル、レイデン・イリカル・クロルフル……」
目を閉じたユーノの詠唱が静かに響く。
その上空では巨大な龍が獲物を食らいつくす6本の歯を噛み鳴らしていて。
淡い翠の魔法陣が足元に広がり、あたりを幻想的に照らす。
次いでなのはを見据えるように、ひときわ大きな魔法陣が空へ展開されていく。
ミッドでもない、ベルカでもない、奇妙に捻じ曲がった不可思議な文様の入った魔法陣が。
「いくよ、ユーノくん! これが私の究極全開!」
<S.L.C
Projectile power. Safety device
release.>
「スターライト……ブレイカ―――――――――――っ!!!」
その声が響くと同時、大気が震えた。
結界の外までも届く、荒れ狂う凶暴な魔力の奔流。
五芒星から放たれた火砲はねじれを加えながらなのはの放つひときわ大きな砲撃に加わり、6本の光は束ねられて巨大な彗星となる。
すべてを飲み込む破壊の光を動じることなくユーノは見据え、S2Uを正眼に構え、ひとうだけ言葉を叫んだ。
「ディストーション・シールド!」
耳を劈く爆音と閃光が、空間そのものを揺るがす。
貫けぬものなどあるはずがないなのはの魔法は、しかし、ユーノの出した巨大な黒い盾にその勢いを止められていた。
「見るのは初めてだろう、フェイト。あれがディストーション……歪曲空間だ。人為的に時間と空間を捻じ曲げ、別の次元を作り出す。たとえ次元震といえど、滅多なことではあれを超えては来ない。歴史上、あれを作れるのはリンディ母さんを初めとして、数えられるぐらいしかいないらしいがな」
耳元に聞こえる声が、私の見ている光景の意味を教えてくれた。
ディストーションシールド。聞いたことはある。シールド系最上位の魔法で、その力は次元震すら押さえ込むほどだ。
「だ、だけど、なんでランクAのユーノがあの魔法を使えるの? SSランクの母さんだって、あれを使う際には補助が要るはずじゃ……」
「あの馬鹿は忙しくて認定試験が受けられないだけだ。測ってはいないが、AAA……ひょっとしたらSにも届くかも知れないな。
なのはやフェイトは戦闘総合でS+だが、あいつは防御・補助魔法のみでそのランクに到達している。
おそらく本局でもあいつの防御を崩せる人間は数えるほどしかいないだろう。
世界を砕けでもしない限り、あいつを真っ向からの力勝負で倒すのは至難だ」
ただ呆然と、二人を見守る。
「なのはですらいまだにあいつに勝てていない。何度も挑戦しているが、悉く失敗しているよ」
鉄の棒で殴られたような衝撃が響く頭の中、兄の言葉はじわりじわりと私の耳に入ってきて。
理解するまでには長い、それは長い時間がかかることになった。
目の焦点がようやく合い始めたころ、なのはの周りの五芒星は力を失い、ひとつ瞬いて消え、最後にはあっけなく、その流れを止めた。
<Power down,Operation limit……Even reactivation is one
minute.>
「はぁっ……はぁっ……!」
レイジングハートが作動限界を訴えてくる。術者のなのはにしても、もはやかろうじて飛んでいるのが精一杯。正真正銘、最後の一撃だった。
その眉根を悔しそうに曲げ、はるか眼下の少年を睨んで。
ユーノはくるくると杖を回し、デバイスを待機状態のカードへと戻す。
胸元へ大事にしまいながら、彼は呪文をひとつ唱えた。
「ストラグルバインド」
かざした掌から、翠色の輝く鎖が伸びる。
それは一直線になのはへとむかい、動くこともままならないほど疲れきった彼女を一瞬で拘束して。
「え? ……きゃっ!?」
飛行用のアクセル・フィンが霧散する。
それは当然、重力に従った自由落下を意味していて。
なのはの身体は地面へと急速に接近する。
衝撃を予想して、ぎゅっと目をつぶったなのはは、ぼふっ、と受け止められた感触に驚いて。
「捕まえた」
目を開けると、そこにはユーノのにこにこと笑う顔。
その顔を見ていると、無性に悔しくなって、涙がこみ上げてきた。
「S2Uを譲ってくれって言う理由が笑えたよ。safe to you……『君を守る』って言う名前が気に入ったんだと。本当はsong to
youだ、といったんだが、あいつはそう解釈したらしい。誰を守りたいのかは聞かなかったがな」
クロノの声も空しく聞こえてくる。
なのはを抱きかかえるユーノはとても嬉しそうで、とてもさっきまで生きるか死ぬかの戦いをしていたようには見えない。
息を吐き出すと、急激に体から力が抜けて、私はその場にへたり込んでしまった。
「うわ〜〜〜〜〜〜ん、また負けたぁ〜〜〜〜!」
「これでなのはの17戦15敗2引き分け……と。次はいつやるのかな」
クロノが一仕事終えたように呟いて。
演習場全てに響くような大きな声で、なのはが泣き続ける。
私はただ座り込み、二人の姿を見つめて。
幸せそうなユーノが、なのはを大事そうに抱きかかえている。
あの黒い声なんて、もうどこからも聞こえてこなかった。
|