ん、と息を漏らして、私は寝返りを打つ。
こんな日だからか、妙に寝付けない。
ゆっくりと深く呼吸して落ち着こうとするのだけど、私の心臓は早鐘を打つばかりで、一向に静まってくれない。
そーっとそーっと、誰にも見つからないように、布団の中へ潜る。
衣擦れの音すらも私にはすごく大きく聞こえているから。
もぞもぞと頬を擦り付けて、ようやくベストポジションを見つける。
うん、ここなら安心して眠れそう。
おやすみなさい、と静かに囁いて、再び目を閉じる。
私の苦悩も知らずにくうくうと寝息を立てる、ユーノくんの胸に抱きついて。
なのはさん全開劇場「夢現」
かいたひと:ことり
くぽ、くぽと断続的に音を立てて、口いっぱいに幸せを感じつつ、頭を前後に動かす。
あまりに大きくて、あごが外れそうだけど、そんなことよりもこの匂いと形が私を虜にする。
胸いっぱいに吸い込むだけで蕩けそうになる。
舌先で輪郭をなぞるだけで嬉しくなってくる。
霞がかかったような頭で、ただただ夢中になって味わう。
時の過ぎるのも忘れ、湧き上がってくる恍惚に身を任せて。
全身を駆け巡る熱と痺れが、背筋を伝わってぞくぞくと身体を震わせる。
いつまでも、いつまでもこうしていたいと思いながら。
……うわ……あれ、ホントに私……なの、かな。すごいえっちな顔して、一生懸命に頭を振ってる。
確かに私はあそこにいるのに、もう一人の自分が少しはなれたところからその姿を見ている。
あまりに不思議な視点になんとなく理解する。
これは夢なんだ、と。
でも、これは……ちょっと、昨夜のが残りすぎじゃない……のかな。
ううう、欲求不満なんだろうか、私。
ふと、頬をなでられて。何か悪いことをしたのだろうかと不安になって見上げる。
けれどそこにはいつもの優しい笑顔があって。
「ふぁ……」
首筋から肩口まで撫でられて、思わず声が出る。
そのままとさ、と横たえられて、ひとつ息をついた。
覆いかぶさってくる重さが愛しくて、両手で彼を迎え入れる。
そのまま首に回し抱きついて、キスをねだった。
少し照れたような、困った笑みを浮かべ、彼が静かに唇を近づけて。
ゆっくり、ゆっくりと焦らすように。
もどかしくて、薄く開いた唇から舌を蠢かせて、早く、早くとせっついた。
けれど私の想いを弄ぶように、一向に距離は近くならず、彼は笑みを浮かべるばかり。
抱きしめる手に力を込めると、ひとつ頭を撫でられて、ようやく触れる距離まで近づく。
けれど待ち望んだ刺激は訪れず、いっぱいに伸ばした舌先をついばむように舌先でつつかれる。
まるでエサをねだる雛鳥のように、もっと、もっととせがむけれど、それ以上を与えてくれなくて、切なさは増すばかり。
胸が苦しくなるころにくるりと絡められて、ねっとりとした熱の塊が入ってくる。
待ち焦がれた刺激に頭の真ん中が震えた。
夢中になって絡ませて、吸い付くような感触に酔いしれる。
息をするのも忘れいっぱいに舌を伸ばして、長い長い時間、彼とひとつになる。
私を包み込むこの体温を感じて。
つ、と口の端を流れる雫に、唐突に我に返る。
う、うわ、私ったら口半開きにしてた!?
顔が真っ赤になってるのが自分でもはっきりとわかる。
ほっぺたに手をやるとすごい熱を持ってるし。
自分のあんなシーンみるなんて、そうはないもんね……
あんまり恥ずかしくて目をそらそうとするんだけど、周りに目を向けることができない。
夢の中って理不尽だぁ。
ぷは、と糸を引いて唇が離れる。物足りなさに名残惜しげな目を向け、抗議の意味を込めて軽く背中を引っ掻く。
軽く呻く彼の声を、何よりも可愛く思う。鼓膜に響く音に少し満足し、許してあげようかな、と思った。
「ひゃう!?」
ぞろ、と首筋をなめられて、おもわず変な声を上げる。
ぬめる感触。ぴちゃぴちゃと耳に響く音が妖しく私を誘惑してくる。
「ふぁん、やっ……そ、そこ、ぞくぞくしちゃうのぉ……」
ぞわぞわと這い回るように舌で撫で回されて、声を止めることもできず、ただ翻弄される私。
くすぐったいような、もどかしいような、ひたすらに甘い感覚。
私を抱きすくめるように肩に顔を埋め、子猫のようにぺろぺろと嘗め続ける彼がなんだか可愛くて、愛しくて。
はぁはぁと荒く息をつき、背中に回した手にぎゅっとと力を込める。
離れたくない。たとえ一瞬であっても。
這い回る舌先の感触がひとつひとつ、明確に伝わってくる。
ぞくぞくと与えられる刺激も全部、隅々まで細かくリアルさを伴って。
あそこにいるのは私。だから今、ユーノくんに抱きしめられてるのも、私。
……な、はずなのに。
ここにいる私はどこまでも冷静で、ただの傍観者。
手を伸ばしてすがりたくとも身体が動かない。
いや、そもそも身体なんかないのかもしれない。
周りを見ることもできない。意識だけが浮いてるような、そんな幽霊状態。
じりじりと浮かび上がる熱を確かに感じているのに、火照る身体を慰めることもできない。
あそこで甘い声を上げているのは、間違いなく私自身なのに。
一人おいてけぼりを食ったように、寂しさが際限なく私を埋め尽くす。
知らず、じわ、と涙が浮かんできていた。
ぬめる熱は首筋から胸元へと下がっていく。
とくん、とくんと鳴り止まぬ鼓動に、期待している自分を自覚して、いっそうに頬が緩む。
左胸に手を添えられて、優しくほぐすように、柔らかく触れるてのひら。
じんわりと頼りない刺激を与えられて、思考が溶ける。
こんなんじゃ、足りないの。
望む甘さはすぐそこにあるのに、繰り返されるリズムはいつまでも一定で、じりじりと焦がされる熱だけがたまっていく。
腰に回された手が、おなかに生まれた疼きをすこしづつ大きくするように、もどかしさに身体を動かすたび触れ合って、彼に抱かれている自分を実感する。
もっと強く抱きしめて欲しい。
溶けるほどに熱く、溺れてしまいたい。
吐息にまぜて、思考を少しづつ吐き出す。
二人だけの世界に、そんなものはいらないから。
こくんと唾を飲み込んで、膝をすり合わせる。
内股はすでにじっとりとしめっていて、汗ではなく、濡れてしまっている自分をちょっとはしたなく思う。
けれど彼の手に触れられていると思うと、それだけで甘く痺れる身体を抑えることなんてできず、なにもかも放り出してすがりついてしまう。
甘く、熱く、暖かく。
私を包み込むこの熱に、胸の底から幸せを感じる。
彼でよかったと、心から思う。
かり、と優しく胸の先端を甘噛みされて、高く声を上げながら。
彼の鼓動を感じる。呼吸の一つ一つまで伝わってくる。
この匂いに陶酔さえできるのに、抱きしめられているのは、私であって、私じゃない。
ぽろぽろと涙を流しながら、私はここにいるのに、と叫びたくなる。
あの笑顔も、広い胸も、大きな背中も、いつもいつも、私のものだったのに。
すぐ目の前の遠い遠い光景を、狂おしいほどに羨ましく思う。
温もりに包まれながら、虚空に一人、取り残されて。
押しつぶされそうな切なさに涙を流し、彼の名を呼ぶ。
好きです。愛しています、と。
不意にぬる、とこすり上げられて、身体が跳ねた。
驚いたように離れていく背中に、慌ててしがみつく。
隙間が開いてしまうのがなんだか怖くて。
「ね……きて……もう、こんなになってるの……待てないよ、ユーノくぅん……」
熱っぽい息をいくら吐いても、内から湧き上がる量にはとても届かず、指先まで溶けそうなほどに熱い。
ぼやけた視界に目の前の愛しい笑顔だけをしっかりと焼き付けて、その瞬間だけを待ち望む。
内股をなぞられて軽く声を漏らしながら、そっと脚を開いて彼を招き入れる。
期待と切望と、ほんのすこしの不安に瞳を潤ませながら。
いくよ、とだけ耳元で囁く声を心地よく思っていた。
やめて、と音を伴わず、唇がつむぐ。
それは、私だけに向けられる笑顔だったはずなのに。
その温もりは、私だけに与えられるはずだったのに。
抱きしめる腕も、囁く声も、優しい瞳も、温かい鼓動も、全部、全部。
見ているだけの私はなにもできず、止めることなんてできない。
両手を開いて招き入れる身体はそんな声を無視して、今か今かと待ち望む。
視線の先には優しい笑顔。不安を取り除くようにひとつ頬を撫でられて、うっとりと微笑む、私であって私でない私。
やめて。おねがい、だから。
私を、置いていかないで。その人を、私から取らないで。
千切れるほどに彼を焦がれる。
欲しい、欲しいと喚く身体。
触れている指は紛れもなく自分のものなのに、まるで別人のように動き、私から彼を奪い去る。
「いやぁ! ユーノくん、いかないで!」
喉が張り裂けるぐらいに叫んだ。虚ろに浮かぶ意識だけで、ありったけの願いを込めて。
声と共にあふれ出た涙を、そっと拭われた。
「……え?」
身体の感覚を伴わない、意識だけで後ろを振り返る。
優しく私を撫でてくれる手の主は、すぐ後ろで私を抱きしめていてくれて。
張り詰めていた胸が一瞬で嬉しさに満たされる。
いつもそばにいるよといってくれた、あのころの笑顔のままで。
彼がいてくれる。他の誰でもない、私を抱きしめてくれる。あの優しい、澄んだ瞳に私だけを映していてくれる。
「ゆ……ゆーの、くん……ユーノくん、ユーノくん、ユーノくん!」
なんどもなんども彼の名を呼んで、すがりつき、子供のように泣きじゃくって。
疼く身体と乾ききった心を癒して欲しいと、わがままにねだる。
困った顔で微笑む彼を抱きしめて、早く、早くと叫びにも似た声を上げる。
いくよ、とだけ耳元で囁く声の心地よさを感じながら。
ず、と音さえ聞こえて、彼が私の中に入ってくる。
さんざんに焦らされた私の身体はあっけなく悲鳴にもにた喜びの声を上げて。
奥へ奥へと進むそれの、形すら知覚して、貪欲に貪ろうとする。
こつん、と軽く突き上げられた瞬間に、目の前を火花が飛び散った。
「あ……か、は……や、らめ、らめぇ……ひ、はあああ……」
ひくん、ひくんと波打つ身体を抑えられず、両手でしがみついて、爪を立てて耐える。
さっきまでとは違う涙を流しながら、心で彼の名だけを呼び続けた。
「え……な、なのは、まだ、挿入れただけ、なんだけど……」
投げかけられる困惑の声。
不安げに覗き込む顔を真っ赤な視界で必死に捕らえ、精一杯の抗議をする。
「だ、だって……寂しかったの……欲しかったの……なのに、なのに、ユーノくんが……ユーノくんがわるいんだもん……」
ひっく、ひっくとえづきながら、ようやく満たされた喜びに打ち震える。
いまだじんじんと響く余韻に震えつつ、それまでの空虚をかき消すように、全身で彼を感じようと動く。
夢にまで見るあの優しい笑顔を向けて、駄々をこねる私を慰めるように、ぽんぽんと頭をなでてくれる。
ごめんね、と一言だけ聞こえた気がしたけれど、許す気になんてとてもなれない。
「やだ、やだっ! ちょっと目を離したら、ユーノくん、どっかいっちゃうじゃない!
……寂しいのは嫌いだって、言った、のにぃっ……!」
いつからだろう。一人でいることが無性に怖くなったのは。
昔から、私は一人だった。
お父さんは病院だったし、お母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも、家にはいつもいなくて、私はずっと一人だった。
仕方ない、と思っていた。
寂しくなかったといえば嘘になるだろうけど、わがままで大切な家族を困らせるわけにもいかなかった。
だから一人で、なんでも頑張ってきた。
だって私は、お父さんとお母さんの子供で、高町家の一員なのだから。
だから、寂しいなんていっちゃいけないし、強くなきゃいけないんだと、なんとなく思っていた。
いつからだろう。こんなに弱くなってしまったのは。
気がつけば、隣に彼がいて。
いつもいつも守ってくれる背中に安堵を覚え、擦り寄るたびに幸せを感じた。
一人だった時間を忘れるように、二人でたくさんお喋りして。
いつしか時間は友達だった私たちを男と女という形で離そうとしたけれど、私はそれを拒んだ。
以前にもまして私たちは惹かれあって、少ない時間を共有し、同じ風景を眺めて。
トモダチ、という繋がりはいつしか、恋人、という名前に変わっていた。
「ひとりは……さみしい、の……」
ひっく、ひっくとぐずる私を力強く抱きしめて、彼の声が響く。
「泣かないで、なのは……いつも言ってるだろう? ずっと、そばにいるって……どこにもいかないって……」
「だ、だって、ユーノくん……あんなに呼んだのに、振り向いてくれなくて……私だけ、見て欲しかった、のに、あんな……あん……ぅんっ!?」
不意に、唇をふさがれる。顎をなぞる指の動きに魅入られたように目を閉じた。
強引に割り入ってくる舌に驚きながら、おずおずと受け入れる。
ぬめる熱にすがりつき、絡ませあって、こころ、溶かすように。
鼓動がだんだんと静まっていくのを覚え始めたころ、ゆっくりと彼が離れていった。
「……落ち着いた?」
優しく微笑みながら、頭を撫でてくれる。
「……ズルい」
呟いて胸に頬を摺り寄せ、右手の人差し指でつつく。
何かこまったことがあると、すぐごまかすんだから……ごまかされちゃう私も私だけど。
多分真っ赤になってる頬をかくすように押し付けて、彼の鼓動にひと時酔いしれる。
……きっと、この音を聞いたときから、私は弱くなってしまったのだろう。
けれどそこには後悔なんて微塵もなく。
心からの安らぎを与えてくれるこの音を、どこまでも愛しく思う。
今までの不安なんて、もうとっくに消え去っていて。
満たされた暖かさに、目を閉じて酔いしれる。ずっと、ずっとこのままでいたいと願いながら。
「ユーノく……んひっ!?」
言いかけた私の口から、声にならない息が漏れる。
「え、と……ごめん、ちょっと我慢できなくて……そろそろ、動いてもいい?」
え、え、あ、あれ!? そういや今、繋がったまんまで……や、やだ、今動かれたら、またっ……!
「あ、あっ! ふあああああああっ!?」
一声高く鳴いて、あっけなく押し上げられる。
ちかちかと光が飛んで、脳が焼けるほどの快感を覚えた。
はふはふと酸素を求めて、必死に呼吸をする。
ず、ずと突き上げられ、引き抜かれるたびに軽く何度も達し、そのたびに私ははしたない声を上げ続ける。
「や、やあっ! お、お願い、ちょっと休ませっ……んああっ!」
「ごめん、なのはの中……気持ちよすぎて、ちょっと……止められそうもないよ」
ごつん、ごつんと一番奥を乱暴に叩かれる。
そのたびに甘い電撃が走って、私の全部を焼き尽くしていく。
「だ、だめっ! もう、だめぇっ!」
何度目かの、激しい絶頂のあと。
どくん、どくんと注がれる熱を覚え――私の意識はそこで途切れた。
ちゅん、ちゅんと雀の鳴く声がする。
「ん……」
ぼんやりとした頭を一度振り、ゆっくりと起き上がる。
……なんか、変な夢見ちゃったなぁ。
「なのはー、起きた? 朝ごはんもうすぐできるよー」
キッチンの方から、ユーノくんの声がする。
ありゃ、寝過ごしちゃったんだ。時計を見て、ちょっとうかつに思う。
「あー、ごめん、いまいくー」
ひとつ息を吸い込んで寝ぼけた頭を覚醒させて、布団を跳ね除ける。
ベッドから立ち上がろうとして――――そこで凍りついた。
「え、え、え!? ちょ、ちょっとユーノくん、なんで私パジャマ着てないの!?」
寝ぼけてたんじゃなければ、昨日ベッドで眠りについたときはきちんと着てたはず。
それになんだか汗までかいてて……内腿にとろ、と流れ出す感触を覚え、再び凍りついた。
「え、だってなのは、夜中にいきなりして、してってねだってきたじゃないか。
ボクもそのまま二度寝しちゃったのは謝るけど……ひょっとして、覚えてない?」
キッチンからひょい、とエプロン姿のユーノくんが顔を出す。
菜箸をかち、かちと鳴らし合わせて、怪訝な表情を浮かべてる。
ざーっと血の気が引くのと同時に、ぼっと顔を赤らめるという離れワザをやってのけた私。
え、と……じゃあ、どこまでが夢で……どこからが……?
「びっくりしたよ。何度も呼ばれて起きたら、いきなり泣き出すんだもの。
次からはもうちょっと、ムードってものを考えて欲しいな、って思うんだけど……」
「む、ムードとかいいだすんなら夜中にいきなり襲うんじゃないのーっ!」
恥も外聞もなく叫んで、手元にあった枕を投げつける。
避けようともせずにぼふ、っと頭で受けて、やれやれと拾い上げるユーノくん。
「いや……まぁ、とりあえず朝ごはんできるから、着替えておいで。まだそのままでいると、目に毒って言うか……また襲っちゃいそうだからさ」
いわれて、自分がまだ何も着てないことにいまさら気づく。
ばばっと布団をかき集めて身体を隠すけど、なんかもうホントにいまさらって気がして泣けてきた。
「早くしないとフェイト達との待ち合わせに遅れちゃうよ。その前にシーツも洗濯しておきたいしさー」
「ゆ、ゆーのくんなんかきらいだ〜〜〜〜〜っ!」
妙に黄色い朝日が差し込む中。
人生でもこれ以上はないだろうという情けない声を上げて。
高町なのは、17歳。悩み多き年頃であった。
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