右を見て。左を見て。
 いやここが婦人服売り場なのはわかってんだ。
 あたしが知りたいのはそーゆうことじゃない。

 手持ち無沙汰にうさぎのぬいぐるみを抱きしめながら。
 あろうことか、ヴィータは迷子になっていた。

 

 ヴィータちゃん小劇場「或いは平穏な日々」

           かいたひと:ことり

 

「くっそー……シャマルの奴どこいったんだ?」
 一人で帰ってもいいにはいいのだけれども。
 はやてに買い物を頼まれた手前、手ぶらで帰るわけにも行かない。
 なんとかしてお財布……もとい、シャマルを見つけなければ。

 つい最近できた大型量販店。オープンセールとかでごったがえす人波。
 やっかましいメガホンの呼び声。とおせんぼする商品の山。
 あっちを見ても、こっちを見ても、見知らぬ顔。
 のほほんとしたいつもの顔は一向に見当たらなくて。
 そのかわり目の前を、親子連れが何組も通り過ぎる。
 母親の手をつないではしゃぐ子供。一組、一組、いくつも通り過ぎる。
 それをずっと眺めながら、ぎゅ、とうさぎのぬいぐるみを抱きしめる。
 け、と一言。

「あーめんどくせ……いっそフロアごと焼き払っちまうか……?」
 もう一度見回ってこようと一歩踏み出すと、ぬいぐるみが反対のほうへ歩き出した。
 振り向くと、そこには小さな女の子。涙目になりながら、うさぎの足を引っ張っている。
「……なんだお前。離せコラ、これはあたしんだ」
 ぐい、と引っ張るも、必死な力は結構なもので。
 えっく、えっくとえづきながら、一向に離さない。
「ふぇ……」
 不意に女の子の顔がゆがむ。びくっとしたヴィータは、慌ててうさぎを押し付けて。
「わ、わーわー、わかった、貸してやるからっ! 頼むから、泣くなっ!」
 ぱ、と笑顔が輝いた。ありがと、といわれて、ちょっと照れる。

 ――おまえ、どっから来たんだ?
 ――名前は? 誰と一緒なんだ?
 ――どのへんではぐれた?

 答えの返ってくるものはひとつもなく。
 いつしかうさぎのぬいぐるみに、雫がぱた、ぱたと降りかかる。
「だー!いちいち泣くな! いいかそういうときはな、ベルカじゃこうすんだ! 『お母さんありがとう、お母さんありがとう、お母さんありがとう』ってな! ほら、言ってみろ!」
 きょとんとした顔で女の子。
 出かけた涙も引っ込んで、すう、と息を吸い込む。

 おかーさんありがとー、おかーさんありがとー、おかーさんありがとー。

 ちょっと肩で息をしながら、得意そうな瞳で見上げてくる。
 やればできるじゃねえか、と一言。
 にぱ、と笑顔を輝かせて女の子。

「のぞみ!?」

 

 

「本当にもう……なんとお礼を申し上げてよいか……本当にありがとうございました」
 何度も何度も頭を下げる母親。女の子の手をしっかりとつかんで。
「あ、ヴィータちゃん!? やっと見つけた!」
 声のするほうに、見知った顔。おせーよ、何やってたんだ?と文句。

 もうはぐれちゃ駄目よ、と後ろから声がする。
 振り向けばそこに女の子がこちらをじっと見つめながら、一言だけ。
「……えへ、おかーさん、ありがとー!」
 しっかりとうさぎのぬいぐるみを抱きながら。
 そういって女の子は、母親のところへ走っていった。
 きょとんとするシャマルに、なんでもねーよ、と手をひらひらさせて、軽く笑う。

「あれ、ヴィータちゃん、うさちゃんは? 大事にしてたじゃない」
「ん? あー……いいんだ、あたしは」


 帰ればそこに、笑顔があるから。
 だからあたしには、もう必要ない。
 きっといっぱいの笑顔をふりまいて、うさぎは跳ねるだろう。

 


 おかあさん、ありがとうといいつづけて。

 

 

      fin.

 







戻る

 



感想をいただけると励みになります。
拍手→
拍手を送りますっ