ぱたぱた。ぱたぱた。
 世の中には、時々理不尽に無理難題が降りかかってくることがままある。
 20年たらずの短い時間しか生きてはいない自分だが、そんなことが何回かあった。
 あるときは達成不可能な任務であったり、あるときは2ヶ月前に申請した休日を却下されての出勤であったり。
 世の中は理不尽に満ちているというのは誰の言葉であったか。
 そんなことを思いつつ、ソファに深く腰をかけ、ため息をつく。
 ぱたぱたと右手をせわしなく動かしながら。
 
「にゃっ! うにゃっ!」
 今自分を傍から見たら、友人たちはどう思うのだろう。
 右手にはじゃらし棒を持って、ぱたぱたと左右へ規則正しく振っている。
 見えるわけではないがおそらく顔には憂鬱と諦観が浮かんでいることだろう。
 背中にどんよりとした縦線でもしょっていて不思議はないかもしれない。
 これが一艦隊を預かる身分の過ごす休日だろうか。
 猫を愛でているといえばそれはかなり贅沢な休日なのだろうが。
 そんなことを思い、右手をふと止める。
 膝下の猫の不満げな顔を横目で眺めながら。
「……お兄ちゃん、もう遊んでくれないの?」


 そこには比喩でもなんでもなく、ネコミミとしっぽを生やした妹が存在していた。

 

 フェイトさん細腕繁盛記 「耳と尻尾の存在感」

            かいたひと:ことり
 


「……てなわけで、命に別状はないんだけどね」
 スクリーンに投影された透視解析図。それをポインターで指示しながら、エイミィが説明を終わる。
「問題なのは、元に戻す方法かなぁ。まぁ、レアケースとはいえ黎明期には何度かあった問題だそうだから、じきに治療法というか復元方法というか? とにかくそんなものもわかると思うよ。それまでは保護観察扱いになるだろうねぇ」
 要点だけをかいつまんで脳内へ整理し、軽く状況を確認する。
 そうでもしないと、この馬鹿げた現状を理解することすら放棄してしまいそうだったから。
「……で、精神面への影響っていうのはどれぐらいのものなんだ? エイミィ」
 左手で頬杖をつきながら、手元のホロペーパーを流し読みする。
 そこには問題点として、「軽い幼児退行現象」「融合生物とのマインドリンク」といった2点が挙げられている。
「たいしたことはないよ。そこに書いてあるとおりに考えてもらってかまわないと思う。
 今朝のこともきちんと覚えてるから、記憶障害というわけでもないしね。
 幼児退行は一時的なショックで普通に起こることでもあるし、そんなに気にしないで大丈夫だよ。
 フェイト執務官は小さいときから理性的だったし」
 確かに。彼女は出会ったときから大人びていたというか、ある意味完成された人格を持っていた。
 不安定なところもままあったが、それは出自に関わることで、時がたつにつれそれは影を潜め、記憶の片隅へ追いやられる程度のものになっていった。

「……まぁ、その点についてはいいだろう。この融合生物とのマインドリンクってのはどういう事なんだ?」
 マインドリンク。使い魔を使役する魔導師にはおなじみの言葉ではある。
 遠距離にいてもある程度の感覚を共有・意思の疎通を可能にするといった、精神領域での同一性をさす言葉だ。
「うーん、私らが一般に言うマインドリンクとはちょっとニュアンスが違うかもしんない。
 おおざっぱにいえば、執務官の無意識下の認識が異物との混入によって混濁し、リ・コンフュージョン現象……思考回路の伝達が平行励起せず、本来あるべき自我が両者の延長上の交点における一時的な自意識にすりかわっちゃってるといえばいいのかな」
 端的な意味はなんとなくわかるのだが。
 こうも専門用語を並べられると微妙にわかりにくいのを、彼女はいまだに理解してくれない。
 よくも悪くも昔からマイペースなのだから。
 必死で内容を噛み砕くもいまいち把握できず、仕方なしに問う。
「……すまない、もうちょっと簡単に言うと、どうなるんだ?」
 きょとんとした目を向けるエイミィ。
 うーん、とひとつ唸り、少し考え込む様子を見せた後、右手の人差し指を立て、あっけらかんと言い放った。

「フェイトちゃんが、ネコみたいな性格になっちゃったってこと」

 

 

 

 事の起こりは昨日のこと。
 たまの休日を利用して、フェイトはなのはの家へ遊びに行っていた。
 有意義な休暇を過ごし、中継のアースラへ帰還しようとしたところ、突然飛び出してきた黒い子猫に気を取られ、しゃがみこんで抱き上げようとした瞬間、タイミング悪く転移がかかってしまったというのだ。

 テレポーターは普段から不安定なものだといわれている。
 魔法による他者の物質転送はある程度の段階を経て、極めて慎重に行われる必要がある。
 まず対象の身体・物的特徴の把握。次いで現在の次元座標の割り出し。転送範囲内の状況確認と、転送後範囲の照合。
 つまりは運ぶものと場所をきちんと把握した上でないと、成功率は極端に下がってしまうのだ。
 ある程度熟練したものであれば多少の誤差は経験で修正できるのだが。
 しかしこれが魔導師によるものでない、機械的な転送装置を使ったものとなると、途端に応用が利かなくなる。
 対象データ・座標は技術者が入力し、誰でも転送が可能になるという恩恵の変わりに、突発的な事故による危険回避の可能性を放棄したものになってしまったのだ。
 
 とにもかくにも、そんな経緯の上、紛れもない現実としてネコと半ば融合してしまった妹が目の前にいる。
 ネコの生体細胞はすべて体内に窮屈な形で納められているというのに、なぜにこうも見事に耳と尻尾だけが身体的特徴として顕現しているのであろうか。
 こういった理不尽に会うたびにクロノは時々、神様っていうのは実は意外と暇をもてあましているんじゃないかと思う。
 ダイスを振らない代わりに、掌の上で弄ばれてる気がしてならない。
 そんな思考が一回りしたころ、ふと膝に重みを感じる。
 軽く息を荒げながら、上目遣いにフェイトがこちらを見上げていた。
 子猫の体力は確かに無尽蔵にも近い。しかし成長期のピークを過ぎたフェイトの身体には、ネコの運動は少々キツいはずだ。
「……ちょっとは休み休みにしなさい。少し経ったらまた遊んであげるから」
 そんな声をかけても、まだまだ遊び足りないのか、膝をかりかりとひっかきつつ、何かをいいたそうにしている。

 保護観察扱い。
 名目上は経過観察だが、何を思ったか総督はこの機会を利用して、ボクに無理やりたまった有給休暇を取らせる心積もりだったらしい。
 できることならもうちょっと有意義な使い方をしたかったものだ。
 家族につきっきりで看病するという話ならまだ納得はできるが、これは、その、なんていうか。ちょっと違う気がする。

 仕方なしに頭を撫でてやりながら、何度ついたかわからないため息をまたつく。
 うっとりと目を細めながら、フェイトが撫でられる手に擦り寄ってくる。
 ぐ、と身を乗り出して膝の上に乗っかろうとしているようだ。……実際は上半身を乗り上げたに過ぎないが。
 声帯は人間のままなので鳴らせるわけではないが、ごろごろと鳴ってるような気がしてならない。
 まぁ気晴らしになってくれるのならいいかなと、す、すとフェイトの髪を手で鋤く。
 いくぶんか、記憶の中よりも艶を増したように思える透き通った金。
 身贔屓を引いても有り余るほどにそれは綺麗で、指の隙間からこぼれる様に思わず見惚れる。
 不意に、フェイトが顔を上げる。こちらを一心に見つめてくる、紅い瞳。
 刻が止まったかのような瞬間の後、吸い込まれるような錯覚を覚え、軽い衝撃と共に、唇に暖かいものが触れるのを感じた。
 ほんの少し唇が触れるだけの、軽いキス。
 けれども熱は確かに残っていて。目の前にいるのは紛れもなく愛しい妹なのだと認識する。
 首から両手を回し抱きついて、膝の上に座りなおすフェイト。
 胸の鼓動に聞きほれるように、安心したような顔を浮かべて、頬を摺り寄せる。
 仕方のない奴だなと、少し呆れながら、よしよしとまた頭を撫でてやる。

 どんな外見になろうと関係ない。
 自分が今抱きしめているのは確かにフェイト・T・ハラオウンそのもので、けしてネコとの融合生物などではありえない。
 誰よりも寂しがりやで、とても愛に飢えていて、温もりにすがりたがる、儚げな妹。
 雲間から突如のぞかせた月明かりのように、ある日現れた大切な家族。
 他の何にも変えがたい、大事な大事な……

 そんな風に頭をなですさっていると、ぴこぴこと動く猫の耳に目がいった。ちなみに人の耳はあるべき所にきちんとついている。
 ……動く、ということは神経が繋がっているのだろうか。
 普通頭皮のそんなところに筋肉はないはずなのだが、なぜか眼前の猫耳は小気味よく動いている。
 ちょっとした知的好奇心から、薄く血管の透けて見える耳の内側を軽くさすってみた。
「にゃふ!?」
 びくん、と軽く飛び跳ねて驚くフェイト。普段ならありえないはずの器官だから、感覚に慣れてないのだろうか?
 しかし逃げるでもなく、むしろ抱きつく腕に力を込めて、必死にしがみついてくる。
 なんとなく面白くなって、そのまま耳をすりすりといじりつづけた。
「ふにゃ……んう、や……お兄ちゃん、やめてよぉ……」
 時折頭を振って、さわさわと執拗に触れてくる指から逃げる。
 そんなに嫌なら離れればいいのに、と苦笑しつつ、あいかわらず耳をいじる。
 すりすり。すりすり。
「あふ……にゃあ……お兄ちゃんの、いじわるぅ……」
 ふうふうと息をつきながら、新しい器官から襲い来る未知の感覚に耐える姿。
 いったいどのような種類のものなのかは自分に判断はつかないが。
 わき腹をくすぐられる10倍ぐらいのものかな、などと軽く考え、くすくすと笑みをこぼす。

 ヒトにもある器官でこうも反応があるのなら、しっぽの部分はどうなのだろう?
 いやいやと頭を振るフェイトの動きに合わせ、さっきからゆらゆらと揺れる黒いふさふさとした尻尾。
 これも実際どうやって動いているのかが謎だが。
 小柄なフェイトの身を抱きすくめるように、ひょいと体を丸めて、尻尾をきゅ、と掴む。
「――――!?」
 首に回される手に強い力が加わった。軽く痛みが走って、背中に爪を立てられたのだと直感する。
 刹那。あれほど強張った体から、空気の抜けた風船のように、くたりとフェイトは脱力した。
 ……えーと? これは一体、どう解釈したものだろう。
 なんとなくひどいことをした気分になりながら、手持ち無沙汰な手はにぎにぎと掴んだままの尻尾をいじる。
「ひぅ……にゃっ……ふぁあん……だ、だめ、やめ……にゃふっ……!」
 気のせいだろうか。なんだか声に艶が混じってきたような気がするんだが。
 ネコを飼ったことがあるわけではないから詳しくは知らないが、元々尻尾の働きは平衡感覚と空間容積の把握に使う器官だった筈。
 神経が通っているのは理解するが、この反応はどういうことなのだろうか。
 けれど今度は耳のように嫌がる風もなく、むしろされるがままに、息を軽く荒げながらじっと耐えている。
 ときおりひくん、ひくんと引付を起こしたような痙攣を繰り返しながら。

 おもわず軽く肩を叩いて、声をかけた。
「お、おい、大丈夫か、フェイト? 悪かった、そんなに――」
 突然。かけられた声に呼応するように、フェイトは僕に覆いかぶさってきた。
 照明を遮られ、瞬間目を閉じた隙に、また唇に熱が触れる。
 熱は唇を割り空け、さらに奥深く入り込む。
 ぬるりとした感触が舌に絡みつき、背筋をぞわりと快感が走り抜けた。
 熱はどこまでも熱く絡みついて思考の全てを溶かしきり、眼前の揺れる妖しい紅に、心を奪われる。
 不意にぷは、と唇が離れ、名残を惜しむように透明な橋がかかる。きらきらと輝く架け橋はやがて儚く、幻のように消えうせて。
 見つめてくる紅い瞳に、燃え盛る情欲の炎を見ていた。
「お兄ちゃんが……悪いんだ」
 不意に妹の口から漏れたのは、そんな貶めるような呟き。
 かけられた言葉に反応できず、戸惑っていると、ソファに腰掛けた体を無理にずらされ、気がつけばクロノの身体は、フェイトに押し倒されていた。

 この細い体のどこにそんな力があったのか。
 頬を紅く染め、紅色に溶ける舌をちろちろと蠢かし、肩で息をつきながら、フェイトは真紅の瞳でまっすぐに見つめていた。
「ち、ちょっとフェイト、落ち着いて……」
 言いかけた言葉を、3度目のキスでふさがれる。お互いをひとつに混ぜるような、深い深いキス。
 酸素の少なくなった肺が、空気を求めてあがく。
 長い時間をかけて溶け合った舌は、またゆっくりと離れ、2つに戻る。
 痺れて回らなくなった頭に、声が降りかかった。
「お兄ちゃんが……あんなことするから……私、もう……我慢、できないの……」
 ひどく倒錯したことを呟く最中に、ぷち、ぷちと寝巻きのボタンがはずされ、ぱさり、と床へ落ちる。
 淡いピンクのキャミソールが白い肌に映え、儚げな妹を一層幻想的に想わせた。
 ふわ、と漂ってくる甘い香りに脳髄が揺さぶられる。
「……ね?いいでしょ、お兄ちゃん……いつもみたいに……いつもより激しく、してほしいの……」
 そういって、首筋に舌を這わせ、羽のように軽く、時に狂おしいほどにきつく、吸い付くようについばんでくる。

 ……どのみち自分も抑えられそうにない。
 とうにズボンの前ははちきれそうになっていて、さっきから体勢のせいか耐え難い痛みすら与えてくる。
 諦念の表情を浮かべて、あまりにも流されすぎる自分を情けなく思う。
 けれどそんな陳腐な感情などとは比較にならぬほど目の前の果実は魅力的で、抗う術など自分ははじめから持っていないのだとわかりきっていた。
 左腕をそのままフェイトの背中に回し上体を起こすと、それだけで妹の軽い身体はひっくり返って、あっけなくクロノが上になる。
 いきなりの逆襲に驚いたのか、じたばたと暴れる身体を覆いかぶさって押さえ込み、人の耳に舌を沿わせる。
「……ひっ、にゃ……はう、あぁん……」
 つつ、とふちに沿って一周する間に、すっかり身体から力が抜け落ち、見る間におとなしくなる。

 そんな様を可愛らしく思いながら、耳元でクロノが囁く。
「そんないやらしいことをいう奴には……お仕置きしなきゃいけないな。一度や二度じゃ……許さないぞ、フェイト?」
 紅い瞳が潤みをまし、期待に胸を高まらせて、鈴の鳴るような声で喜びを伝える。
「して……してぇ、お仕置き、いっぱい、して欲しいの……お兄ちゃん、お兄ちゃあん……」
 どこまでも甘い声を快く思いながら、キャミソールの上から起伏に富んだ身体のラインを指でなぞっていく。
 首筋から喉へ、肩を経由して胸元へ下り、たっぷりとした質量をもつ双丘のふかふかとした弾力を楽しみながら弄び、頂点でいじらしい佇まいを見せる突起をぴん、と軽く弾く。震える吐息の音を耳にし、今度は持ち上げるようにいじりまわす。
 そのまま布地の上から唇で敏感な場所を探り当て、ささやかに自己主張をするそれを、軽くかり、と噛んだ。
「――――っ!」
 ひくん、と波打つ身体に気をよくしながら、手は止まらない。
 キャミソールのすそをたくし上げ、臍のくぼみへ指を走らせる。わき腹から腰へ回し、くるりと輪を描いて、肌のきめ細かさを確かめるように、お尻から太腿のラインをなぞっていく。
 内腿へ手を滑らせると、すでにしっとりと熱を帯びていて、指先の感触を確かめるように、もじもじとこすり合わせてくる。
 つつ、と這わせていくと切なそうにこちらを見上げ、すがりつくように手を伸ばしてきた。
 一度落ちつかせようと身をかがめ、空いた手で頭をなでてやる。背に回された細い腕を感じながら。
 それだけでフェイトの身体から力が抜けていくのがはっきりとわかった。
 ぎゅうと閉じられた両足をゆっくりと広げ、触れている場所を教えるようにゆっくり、ゆっくりと付け根を目指す。
 身じろぎをする程度の軽い抵抗をあっさりと排除して、ショーツの股布に触れる。
 予想していたよりもはるかに、そこは湿り気を帯びていて。

 尽きぬ欲望を感じさせる瞳が執拗に誘惑してくる。
 この綺麗な宝物を滅茶苦茶にしてみたい。輝きを失うまでに汚しつくしてみたい。
 暴力的な衝動を必死に理性で押しとどめ、少しずつ少しずつ、壊れ物のように繊細に扱う。
 焦らすような指の動きに、フェイトの腰がうねり舞う。一刻でも早く、溶けてしまうほどの悦楽を与えて欲しくて。
「おに……ちゃぁ、ん……もう、いいからぁ……早く……はやく……きてぇ……」
 抑えきれない欲望を隠そうともせず、フェイトの哀願の声が響く。
 こういう所は昔から変わらない。
 理性的な普段からは考えられないほど、我慢の限界線を越えるともろく、ただ流されるようになる。
 焦らしていたつもりはないのだが、これ以上おあずけするのも可哀想かな、と思い、軽く苦笑する。
 跳ねる腰を押さえつけるように手を回し、くるん、と裏返す。窮屈そうな声を聞きながら、妹の身体をうつぶせにする。
 ゆらゆらと揺れる尻尾が、まるで誘っている様に見えた。
「……こうすると、ホントにネコみたいだな」
 なにげなくかけた言葉に、しっぽがぴん、と反応する。否定するようにゆっくりと左右に揺れて。
 動物のように腰を高く上げて、肩越しに覗き込んでくる面影は羞恥に染まり、けれども高ぶる気持ちはとうに抑えることなどできず、薄く涙さえ浮かべて、ただひたすらにその瞬間を待ち望んでいるかのように見えた。
 ベルトをはずし、服を脱ぐ間さえ待ちきれず、ふらふらと目の前の果実が誘う。
 ショーツに手をかけ、するすると下ろす。さほど触れていないにもかかわらず、きらきらと光る糸を引き、すでに布地は濡れてしまっていた。

「やぁ……あ、あんまり……見ないで……」
 ――綺麗だ。掛け値なしにそう思う。
 薄く金色に翳る桃色の柘榴。
 張りの良い肌は透けて見えるほどに白く、目の前の光景は淡く夢の中の出来事のような、そんな危うささえ感じる。
 触れれば壊れてしまいそうな細く華奢な腰をぐ、と引き寄せ、物欲しそうにぱくぱくと蠢く場所に、確かめるように硬く張り詰めた自身を擦り付ける。
 粘液質な音が耳に届き、胸の鼓動がどんどん大きくなっていくのを自覚した。
「ほら……そんなに暴れたら挿入れられないだろ? おとなしくしてなさい」
 右に左に。白い桃はひっきりなしにゆすられ、甘い匂いを振りまく。
「だ……だって、動いちゃうのぉ……だめぇ、もう、待てない、よぉ……ちょうだい、ちょうだぁい、おにいちゃぁん……!」
 叫びにも近く、フェイトが声を荒げて哀願する。
 ふと思いついて、意地悪をしてみる。
「でもこのまま挿入れたらお仕置きにならないからな……」
 お互いをこすり合わせながら、耳元へ囁くように言葉を紡ぐ。我ながら意地が悪いな、と思いつつ。
「……なにがどこにほしいのか、ちゃんといってごらん……そうしたらあげるよ」
 瞬間、全身が紅潮するのが見てわかるほどに、フェイトが狼狽する。
 切なさと期待と、ないまぜになった瞳は何かにすがるようにこちらを見つめ、許して欲しいと訴えかけてくるようだった。
 ちゅくちゅくと水の音を奏でながら、それ以上のことはせず、動こうとする腰を押さえつけ、ただ待ち続ける。
 フェイトにとってどれだけ長い時間なのだろう。
 ふるふると震えながら、今にも泣き出しそうなほど顔を赤くして、必死に何かに耐えている。

 ……時間はまだある。許す気などなく、ひたすらに答えを待ち続ける僕の姿を、どのように見ていることだろう。
 希望を与える悪魔か、絶望の天使か。
 いずれにせよ頼れるもののない地獄で、今にも消えてしまいそうな意志をかき集め、しばらく迷った末に、唇が静かに、ゆっくりと言葉を紡ぎだした。
「……れて……ください……」
 小さな小さな、ともすれば聞き逃してしまいそうな声にじっと聞き入る。
 あまりにもか細く、力なく漏れた声。
 聞こえない振りをしながら、ゆっくりゆっくりと腰を動かす、まだ。まだ許してなどいないと教えながら。
「お、お兄ちゃんの……おっきぃのを……フェイトの……ぉ……にっ、い、挿入れて……かきまわして、くださいっ……!」
 とうとう耐え切れなくなったのか、ひときわ大きく、搾り出すように、けれでもはっきりと、フェイトが哀願する。
 うるうると振り返るまなざしに、微笑みを返し、よく頑張ったなと、ひとつ頭を撫でてやる。
 ……まぁ、60点といったところか。
「ねぇっ、ねぇっ……! 言ったからぁっ……いいでしょ? 挿入れて……はやく、いれてぇっ! 辛いの……苦しいのぉっ!」
 ……さすがにちょっといじめすぎただろうか。
 少し反省しながら、たっぷりと粘液に塗れた分身を、探り当てるようにフェイトの入り口へ添える。
 雨降りだった表情がぱぁっと晴れ渡って、嬉しさに溢れた吐息を吐き出す。
「いくよ……」
 それだけを囁いて、くん、と腰を突き出す。
 さしたる抵抗もなく、むしろ吸い込まれるように。
 ずぷずぷとまるで音まで聞こえてきて。
 苦しげな、けれども心から嬉しそうな鈴の音を聞きつつ。
 いつもと同じように、何度もしてきたように。


 クロノは、ひくひくと物欲しそうに蠢くフェイトの後ろの窄まりをゆっくりと貫いていった。

 

 


 ぬぷぬぷと濡れた音をさせながら、獣の交わりが続く。
 鼻にかかった嬌声を響かせ、背徳の喜びに打ち震えながら。
 腕からはとっくに力などぬけて、上体を支えることすらままならず、ソファにおしつけられ、フェイトは熱のこもった喘ぎをあげるばかり。
 ときにきつく、ときに緩めながら、排泄のための穴でいっぱいにクロノを貪るフェイト。
 甘い甘い声を上げながら、全身で喜びを表して。
 焼けた鉄の棒を突きこまれるような、破滅的な悦楽に支配され、どこまでも溶け落ちていく。
「は……っ、ひ、ああっ……い、いの、ぉ……これ、これぇ……あふっ……すごっ……」
 髪を振り乱し、精一杯に打ち込まれる異物を少しでも味わいつくそうと、乱れるままに身体をくねらせる。
 ず、と一段深く突きこまれる。腰を密着させて、ぐりぐりとこするようにうねらせて。
「あ、ああっ!? お、おく、うっ……いっぱ、ぁい……はいって、る、のぉ……っ! ひ、ひ、はぁっ……」
 ひとまわり、ふたまわりさせて、今度はゆっくりと引き抜かれていく。
 ずるずると、少しずつ、少しずつ。
 切なげに眉を歪め、深く息をつきながら、直腸の中にうねるものの感触を楽しむ。
 純粋な快楽に支配されながら、ゆらゆらと腰を揺らす。
 そのたびに黒い尻尾を振りながら。

 不意に。腰の辺りから電撃が走る。
 それはぞわぞわと全身を這い回り、毛という毛を逆立てて、異種の感情を与えてくる。
 きゅ、きゅ、と身体の真ん中をわしづかみされる感触。
 指の蠢く様を覚えるたび、魂が砕け散っていく。
「あ、ひ……し、しっぽ……いぢらな、いでぇっ……! あ、あたま、こわれ……にゃあっ……!」
 ずくん、ずくんと体内を割り進む凶暴な侵略者。
 外から優しく、けれど確実に破滅を与えてくる暴徒。
 内から外から責め立てられ、息をすることも忘れた肺が悲鳴を上げる。
 救いを求めるように手が空をさまよい、す、と何かに触れて。
 暖かい感触に包まれて、優しくクロノの手が握り返してくる。
 身体だけではなく、精神も繋がった気がして、胸の内が幸せに溢れていく。


 いつもいつも、優しく見守ってくれる温かい瞳。
 耳にするたび胸に響くあの声。
 私を包みこんで狂わせるこの匂い。
 蕩けるような熱を与えてくれる唇。
 なによりも安らげる、胸に抱かれたときの、鼓動と温もり。

 身体なんて壊れてもかまわない。
 心なんて砕けてしまえばいい。
 だってこの瞬間、世界には二人だけだから。
 何もいらない。この確かな愛しさだけが、今の自分の全て。
 与えられる幸せに、私の全てで答えたい。
 たとえ明日一握りの砂になったとしても、後悔なんて何一つない。
 私は心から、兄を――愛しているから。

 

 


 突き上げるうち、中の感触が変わってくる。
 まとわりつくような、収縮する動き。
 入り口をぎゅう、と締められて、情けなく呻く。
 はぁはぁと必死に呼吸を繰り返す感覚が短くなってきて、近く訪れる限界を知らせてくる。
「……なんだ? 今日は早いな……お仕置きなんだって言ったろう……そんなんじゃもたないぞ?」
 ぞくぞくと背中に走るおぞけを楽しみながら、涙を浮かべた妹に声をかける。
 背徳に震える白い背中に指を這わせ、追い込むように。
「だ、だって……スゴいの……こんな、こんな……あひっ……お、おかしくなっちゃ……あ、あああぁ……くる、きちゃうよぉ……たすけ……たすけてぇ、おにい、ちゃぁん……」
 確かめるような告白。
 そのひとつひとつがさらに自分を追い込んでいくことに気づいているのだろうか。
 動きをかえるでもなくにちにちと、ねじりこむように突き上げていくだけで、まるでその瞬間を待ち望むように、拒絶の言葉を上げながら、フェイトは自分を堕とし行く。
「い、やぁっ……くるっ……くるぅっ……イっちゃうからぁっ……! やめ、やめてぇ……っ!」
 泣き叫びながら、懇願の言葉が漏れる。
 耳に聞こえるその言葉は、まるで逆の意味を持って、止めを刺してくれと訴えるように響きわたる。
 ずるずると、時間をかけて引き抜いて、吐き出される吐息に聞きほれた。
 そのままひときわ強く突きこんだ瞬間。
「ひ……は……あ、あ……うあああああああああああっ!」
 ぴん、と高く尻尾を上げて。獣の咆哮をあげながら。
 びくびくと痙攣する身体を抑えようともせず、どこまでも堕ちていく実感を覚え、握り締める掌にぎゅう、と力がこもる。
 焼き尽くされるような真っ赤な視界の中、長く尾を引いて、喜びの声が響き渡った。
 

 


「か、ふ……や……また……また、イ、くぅ……っ」
 何度目か。フェイトの嬌声が静かな部屋に響く。
 さほど時間をおかずに上り詰める様を、おもちゃに熱中する子供のように、無慈悲な無邪気さで、ただ目の前の淫靡な様を楽しむだけに没頭する。
 文字通り貪るように、荒々しく腰を突く。
 奥のほうが窮屈に閉まるのを感じ、また達したのだなと直感する。
 見上げて来る熱く潤んだ紅の瞳。歓喜におぼれる口元がほころんで、かすれる言葉を紡ごうと、頼りなく動く。
「あん……あ、は……お、に……ちゃん……」
 焦がすような熱に浮かされて、妹が自分の名を呼ぶ。
 まだ足りないと、欲望を露にしながら。
「お願ぁい……ねぇ……あんっ……今日は……こっちも……してぇ……」
 そういって。
 力なくよろよろと伸ばされた手は、はしたなくくわえ込む蕾の下へ添えられて。
 そっと割り開かれた果実は甘い匂いを振りまき、あとからあとからとめどなく、こんこんといやらしい液体を吐き出す。
 幾度となく繰り返された問答。
 誘われるままに流されそうになっても、返す答えは変わらずいつもと同じ言葉。
「……駄目だ。それだけはできないって、何度もいっているだろう?」
「いやっ、いやぁっ……欲しいの、欲しいのぉっ……お兄ちゃん、挿入れて、挿入れてぇ! どうなっても、いいからぁ……っ!」

 髪を振り乱して、叫びにも近く哀願の声を奏でて。
 これだけでは足りないと、自身の全てを捧げようと必死に訴える。
 倫理も世間の目も関係ない。そんなくだらないものなど、私たちの間にはひとかけらもいらない。
 だってこの世界に、今は間違いなく二人きりなのだから。
 心も身体も余すところなく、髪の毛一本にいたるまで兄の所有物になりたい。
 それなのに何の価値もない、ただの薄い肉の皮一枚のせいで、その願いはかなわない。
「う……ぐすっ……欲しいのぉ……お兄ちゃんのものになりたいのにぃ……」
 涙さえ流して、結ばれたいと願う。
 この気持ちは罪なのだろうか?
 愛するものとひとつになりたいと願うことは許されないことなのか。
 それならば、自分は何のために生きているのか。
 たったひとつの小さな願いさえかなわず、日々に何を見出して生きていけばいいのか。
 すぐ手の届くところに欲しいものはあるのに。
 振り向けば触れることさえできるのに。
 なのに私たちを取り巻く世界はどこまでも残酷で。
 満たされない切なさに、心が折れそうになりながら。
「いやぁ……挿入れて、いれ……あ、くぁっ……や、またっ……」

 深い絶望の中、どこまでも高く上り詰めて。
 何度も何度もその瞬間を待ち望む声を響かせながら。

 ただ愛しいと、何よりも大切だと感じながら。
 必死に自分を殺し、唇に鉄の味を感じながら、獣のように交わり続けて。

 

 時計の針だけが無慈悲に、時を刻んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 


 すうすうと、細い寝息だけが耳に残る。
 膝の上に頬を摺り寄せて、可愛らしい黒猫が眠っている。
 疲れた身体をただひと時休め、せめて安らかな明日を迎えようと。
 穏やかな表情を浮かべ、優しく金色の毛並みを撫でる。
 軽く身じろぎをして、黒猫が桜色の唇を開く。
「おにぃ……ちゃあ……ん……」
 胸に響く鈍い痛み。

 何にも代えがたく、誰よりも愛しい。
 この気持ちに嘘偽りなどないと神にも誓えようとも、この宝石を手に入れる資格は自分にはない。
 いつか誰か、もっと相応しい者が現れて、自分の下からこの宝物を奪っていくだろう。
 その時に自分はどんな顔でそのときを迎えるのだろうか。
 叶うものならば、黙って自分の元から連れ去っていって欲しい。
 何も知らされず、いつか忽然と、消えてしまえば。
 それはきっと、張り裂けそうな胸を、これ以上苦しめずに済むのかもしれない。
 雲間から覗かせた月明かりはやがてまた黒のカーテンに覆われ、掴もうとしたところでそれは永遠にかなわない願いなのだ。
 きっといつか、そのときが来る。
 心臓を握りつぶされるような悲しみ。
 これほど大事な気持ちを踏みにじられる瞬間。
 だから今は。今だけは。
 神様、お願いです。
 今だけは、この世界に二人きりでいさせてください。

 


 どうか、いまだけは。

 

 

 

 

「はーい、バイタルチェック完了。もう完璧だね。明日から通常作業に復帰してOKだよっ」
 ぴ、ぴと目の前のモニターをチェックしながら、エイミィの声。
 周りに設置された各センサーに萎縮しながら、その中心には黒い子猫を抱えたフェイト。
 すでに頭上からはネコミミも消え、正常であることを示すカルテが手元にある。
 よかったねと、黒猫を抱きしめて話しかけるフェイト。
 ……よかったね、は僕の台詞だと、嘆息交じりに呟く。
 少しは猫よりも自分の心配をして欲しいものだ。
 かつかつと歩み寄り、頭をぽんぽんと軽く叩く。
「……ま、大事を取って今日はゆっくりしてなさい。なのはも遊びに来る日だったろう?」
 本当はお見舞いだったはずなのだが、思ったよりも解析が早く済んだおかげで、フェイトには貴重な一日になりそうだ。
「うん、久しぶりだから……この子も紹介したいんだ。なんだか、他人だと思えなくなっちゃったし」
 それはまぁ、10日近く文字通り一心同体だったのだから、そんな風にも思うのかもしれない。
 他人、という表現はどうかと思うが。

 ふと、子猫と目が合う。どこか懐かしい感じを受けるまなざし。 
 なぜか哀しいような、そんな印象を受け、一瞬困惑する。
「ふふ、またクロノに遊んで欲しいんじゃないかな。べったりだったもんね」
 ……融合体の記憶というのはどうなっているんだろうか。
 遊んでいたのはほとんどフェイトの意識だとばかり思っていたのだが。
 時間があれば一度その辺も調べてみると面白いのかもしれない。
 ……時間があれば、だが。

 その時。
 不意に小さな振動を感じる。
 アラームの音に目を向けると、艦内に異常発生と表示されていた。
 エイミィがあわてて管制室に連絡する。
「なに、どうしたの……え? 転送室で?」
 何者かの攻撃とか、そういうものではなさそうだが。
 背筋に何か嫌な予感を感じながら、僕は苦虫を噛み潰したような表情で報告の続きを待っていた。

 

 


 世の中は理不尽で満ち溢れている。
 それは間違いなく、何よりも実感できる、確たる証拠のひとつなのかもしれない。

「あはは……いやぁなんていうか……不幸って重なるもんだねぇ。クロノくん?」
「笑い事で済む問題じゃないだろうエイミィ……一回この転送機完全にオーバーホールしてもらえ」
 いまだもうもうと煙の立ちこめる中。
 ひたすら土下座を続けるユーノの姿。
 かたわらに、呆けた表情で黒猫を抱えたフェイト。
 僕たちが取り囲んだ中心には、ふさふさとした耳と尻尾を生やしたなのはがいた。

「転送直前に、肩に乗ってたユーノくんに木の上からタヌキが飛び掛ってきたんだって……
 ユーノくんはとっさに逃げたけど、そのかわりになのはちゃんともつれ合う形になって……ご覧のとおり、らしいよ?」
 当のなのはがきょとんとしたまま座っているのがなんとも微妙だが。
「はは……また医務室あけとかなきゃ……つきそいはユーノくんに責任とってもらおうか」

 とりあえずは、この状況から一刻も早く逃げ出したい。
 平謝りを続けるユーノの声を聞きながら、不用意な地位にいる自分を恨む。
 新しいおもちゃを見つけたように、瞳を輝かせるフェイトの姿を見つめて。

 


 神様の馬鹿野郎と、小さな小さな声で吐き出した。

 

 

 

 

                  fin.

 







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