陽の光が暖かい。
優しくそよぐ風には、遠く潮の香りが乗って、海鳴市に夏の訪れを教えてくれる。
表に干しておいた洗濯物も、今日はよく乾くだろう。
少し塩素の匂いがして、洗剤の量間違えたかなと、少し反省する。
「ずず……んー、ちょっと白ワイン多いかな……」
コトコトと音を立てるシチュー鍋の前で、何度目かの味見をする。どうも微調整が苦手なのは、魔法と一緒だな私。
牛乳でごまかしちゃおうか、と冷蔵庫を振り返ると、不意にドアチャイムが鳴る。あ、もうそんな時間?
「はーい、ちょっと待ってねー」
ぱたぱたぱた。軽く流しで手を洗い、エプロンのすそを持って玄関へ急ぐ。
これで化粧品の販売とかだったらまた泣きそう。……こないだも負けたし。
がちゃ、と扉を開くと、そんな杞憂も吹っ飛ぶほどの笑顔で、友達がそこにいた。
「やっほー、なのはっ!」
「なのはちゃん、お招きありがとー」
突き出された花束にびっくりして、すこし固まってしまった。
しげしげと頭の上からつま先まで眺められて、ちょっと頬が赤くなる。
「あはは、エプロン似合ってるじゃん。ようやく奥さんぶりが板についてきたかー?」
相変わらずの口調で、アリサちゃん。
「でもなんだか、家庭科の調理実習みたいですけどね。ふふ」
いやすずかちゃん、さりげなくひどいから。
「ねね、そんなことよりさ、早く赤ちゃん見せてよ!」
あ、そうだ。いつまでも玄関で立ち話してる場合じゃないや。
ごめんごめん、と謝りつつ、スリッパを用意して、私は言う。
「さ、上がって!」
なのはさん全開劇場「あのひのように」
かいたひと:ことり
小さなベッドの上で、くるくるとメリーが回る。
くぅくぅと寝息を立てながら、可愛いお人形さんが、そこに寝ていた。
「うわ〜、ちっちゃーい」
ぷにぷにとしたほっぺをつつきながら、まるで珍獣を見るような目つきでアリサちゃんがベッドを覗き込んでいる。
まぁ、寝たら起きない子だから、ちょっとぐらいいじくっても大丈夫かな。
「ホント、可愛いですねぇ……私もそろそろ考えようかなぁ……」
意外そうな顔で、アリサちゃんが振り返る。
「あれ、アンタこないだの御曹司、フったんじゃなかったっけ? もったいない」
薄く染まった頬に手をやり、恥ずかしそうにするすずかちゃん。
「そうなんですよねぇ……子供は欲しいな、とは思うんですけど、中々良いご縁がなくて……」
「けー、この贅沢者め。どうせあたしは独り者ですよーだ」
もらった花束を簡単に花瓶に活けて、お鍋を弱火にする。みんな来るまで待とうかなと思うけど、
少し早いしいいかな、と舌を出して、お茶を用意する。はやてちゃんがくれた取って置きの紅茶があるのだ。
「なのはー、この子もう喋ったりするの?」
お湯を注ぐ私を振り返って、アリサちゃんが言う。
「えー、まだだよ。大体3歳ぐらいからだもん。そのかわり掴まり立ちするようになってから、あっちこっち歩き回ってばっかりで、目が離せないんだよ」
「うわあ……見てみたいなぁ……でも起こしたら可哀相だし……」
すずかちゃんが困った様子で悩んでる。小動物好きは相変わらずだなぁ。
3人分のお茶を入れたあたりで、表からざわめきが聞こえるのに気づいた。
あちゃ、やっぱり待てばよかったかな、と反省しているうちに、ぴんぽーん、と音がする。
慌ててスリッパの音をさせながら、お迎えに急ぐ私。
「みんな、いらっしゃーい!」
今日は、この子の一歳の誕生日。
「あ、くそ、ちょっと手加減しろよ、アリサ!」
「へへーん、この私に勝とうなんて、百万年早いってのよ♪」
テレビの前では、ヴィータちゃんとアリサちゃんがゲームに熱中してる。
ヴィータちゃん、また怒り出さなきゃいいけど。……あ、7連食らった。
「早いものねぇ……なのはちゃんが管理局やめてから、もう二年だなんて」
ずず、と湯飲みを傾けながら、リンディ提督が呟く。当然砂糖入りで。
「私もこの年でもうお婆ちゃんだなんて、ちょっと悲しいですけどね」
テーブルを囲んで、お母さんとお父さん、リンディ提督にクロノくん。
お兄ちゃんとお姉ちゃんは旅行に出かけてて、今日はこれないんだって。
しまったなぁ……もっと早くチキン焼き始めればよかった。
「なのはちゃーん、あとどれ運ぶん?」
ひょこっとキッチンに顔を出したのは、はやてちゃん。
悪いとは思ったけど、シャマルさんと一緒にお料理運びを手伝ってもらっちゃった。
「あー、ごめん、大物が残ってるんだけど、もうちょっとかかりそうなんだ。」
「りょーかい。お茶の用意してるさかい、いつでも呼んでな?」
にこにこと笑顔で言ってくれるはやてちゃん。助かるなぁ。
オーブンを覗き込んでいると、寝室のほうからうああん、うああんと泣き声がする。
ありゃりゃ。はいはい、今行きますよ。
おとなしくしてなさいよ、とチキンに言って、エプロンを急いで外す。
小走りで向かったベビーベッドの周りで、シグナムさんとフェイトちゃんがおろおろしてた。
隣で犬型ザフィーラさんとアルフさんが冷静にちょこんとお座りしてるのが対象的で面白い。
「な、なのはぁ。どうしよう? どうしたらいいの?」
うわあ。フェイトちゃん涙目だ。
しばらく見てたい気もするけど、やっぱ駄目かな。
「あー、もうミルクの時間なんだね、用意するからちょっと待ってて。シグナムさん、悪いんですけど、ちょっと抱いててもらえませんか? すぐ戻りますから」
え、え、と目を回すシグナムさんに押し付ける。
もう首もとっくに座ってるし、乱暴にしなければ大丈夫……だと思う。
うわあん、どうかチキンが焦げませんように。
ちゅばちゅばと、ゴムの乳首をしゃぶる音が静かに響く。
「子供か……いいものだな……」
哺乳瓶を支えてあげながら、見たことないような微笑みをたたえたシグナムさんが言う。
「あれあれ? シグナムさんも、そんなお年頃かな?」
にやにやしながらエイミィさん。
真っ赤になったシグナムさんを背中から覗き込んでる。
「そういや、最近庶務課の子と仲いいよねー。どんな関係なのかな?」
驚いた様子でシグナムさんが後ずさる。
ちゃぽんとミルクの音がして、慌てて支えなおした。
「な、い、いや、あれはただ、報告書の書き方を教わりに行っただけで……」
「それにしちゃ、何度も行ってるよねー、物覚えの悪いシグナムくん?」
エイミィさんも人悪いなー。ああいうシグナムさん見るの面白いのはわかるんだけど。
お母さんに手伝ってもらってチキンを切り分けていると、ドアが開く音がした。
お母さんお願い、と一言言って、玄関へ急ぐ。
「おそーい! みんな待ってるんだからね!」
むっとする私の前に、ユーノくんがいた。
「ごめんごめんなのは、書類書き上げるの手間取っちゃって」
そういってぐいっと私を抱き寄せ、ほっぺたにキスをくれる。
「うわー、あんたらいつまで新婚気分なのよ」
「普通、奥さんが旦那さんにするんじゃないのかな?」
「なのはちゃんうらやましー」
「それなんてエロゲ?」
ぎし、と固まった私たちの後ろから声がする。
「ば、ばかばか、みんな来てるっていったでしょ!」
「い、いやごめん、つい習慣で……」
弁解するユーノくん。撫でてもらったって許さないってば。
「習慣と来ましたよ奥さん?」
「毎日毎日やって飽きへんかねー、このひとたち」
「こりゃ二人目も近いな」
なんか散々に言われる。うわあん、ユーノくんのばかぁ。
えぐえぐと泣く私を連れて撫でながら、いそいそと居間に向かうユーノくん。
そして、ようやくパーティーが始まった。
「なのは、そろそろ行かないと」
あれ、もうそんな時間?すずかちゃんと一緒に洗い物をしてた私は、その言葉で時計を見る。
わ、ホントだ。予約の時間に遅れちゃう。
「なのはー、洗濯物とりこんどいたぞ」
「寝室に片付けておきますね」
そういえばすっかり忘れてた。ヴィータちゃんとシャマルさんに感謝。
出かける支度もしなきゃ。ああん、なんでこんなに忙しいんだろう。
「んじゃ電気消すよー。ほらフェイト、早くいったいった」
アルフさんの声。相変わらずフェイトちゃんに世話やいてるみたい。変わんないなぁ。
あ、やばいやばい、ホントに遅れちゃう。火の元と窓の鍵を確認して、寝室に急ぐ。
ベッドからは、また寝息がしている。ホント、寝たら起きないんだから。……誰に似たのかな。
そんなことを思いながら、そっと抱き上げる。ついでにほっぺたをつん、つんと突いて。
玄関には、もうみんな集まってる。
ミニバスをリンディさんが手配してくれたから、みんな一緒に行けるのは嬉しかった。
「わーんごめん、靴はいちゃうから、ユーノくん抱いてて」
そういって愛しい子を預ける。ああ、いいよといって抱き上げる旦那様。
うむ、素直でよろしい。
「ほらほら、早く行かないと」
アリサちゃんが急かす。靴を履き終わって、おまたせ、と私。
がちゃ、とドアを開いて、外へ急ぐ。
一歩踏み出して。
あわただしい玄関を、なんとはなく振り返る。
そこにあるのはいくつもの笑顔。笑顔。
変わらない笑顔。変わらないみんな。
大事な友達。
お世話になった人達。
一緒に戦った戦友。
両親。
なにより大事な、私の家族。
「ほら、立ち止まってると危ないよ」
見上げたそこにも笑顔。
私はこの笑顔に出会うために生まれてきたんだと、今ならはっきりわかる。
小さな小さな私たちの証拠を胸に抱いて、出合ったころの面影のまま、
私たちは、いつまでも歩き続ける。
二人よりそって、バスまでの短い道行、ふと問いかけてみた。
「ね、ユーノくん。幸せって、どういうことだと思う?」
目まぐるしい日々。あわただしい生活。遠くもない昔を振り返っても、
思い出すことはたくさんありすぎて。
見上げる笑顔は、難しいね、と一言呟き、
そのあとに少し遅れて、多分、と付け加えた。
肩をぐい、と引き寄せられて。
ふわ、と甘い香りがする。柔らかな布に包まれて、すうすうと寝息を立てる小さないのち。
私はここにいるのだと、弱い弱い鼓動で懸命に訴えて。
私と、私たちを抱きしめて、照れたように言葉をささやく。
「……きっと、この子のことなんじゃないかな」
胸の内と私たちを包み込む温かさ。
目を閉じていっぱいに感じながら。
ああ、きっと、そうなんだな、と思う。
「ね、ユーノくん、私のこと、愛してる?」
目を丸くして、不服そうに唇を尖らす。
「なんだいそりゃ。ボクが誰のために頑張ってると思うのさ。」
「いーから答えて。私のこと、愛してる?」
多分私はいじわるなんだろうな。そんなことを思ってても、どうしても聞いてみたくて。
ほとんど真っ赤になりながらも、しどろもどろに答えようとしてくれてる。
「……そんなの、決まってるじゃないか。誰にも渡したくない。この世で一番、愛してるよ……なのは」
すごい無理をしながら、私たちの精一杯。
「あはは、ユーノくん、顔真っ赤になってるー」
けらけらと笑う私に、抗議の声が振ってくる。
でもそんなささいなことも楽しくて、嬉しくて、私は笑い続ける。
ひとしきり笑って、ぎゅっと抱きついた。
「私も、愛してる。大好きだよ、ユーノくん」
抱き合ってる私たちの後ろから、ひやかす声が響いてくる。
駆け寄ってくる人たちの顔をひとつづつ、刻み込むように確かめておく。
アリサちゃんにすずかちゃん。
フェイトちゃんにはやてちゃん、クロノくんにエイミィさん。
リンディさんとアルフさん、シャマルさん、ヴィータちゃん。
シグナムさん、ザフィーラさん、お父さん、お母さん。
みんなみんな、私がここにいることを知っていてくれる人たち。
かけがえのない、私たちが生きてきた証拠。
みんなの笑顔を、いつまでも覚えていたくて。
私は、大きく手を振った。
あのひのように、わらいかけて。
Never Ending...
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