ぱちぱちと焚き木が爆ぜる。ざあざあと外は雨。
 薄暗い洞窟に一人膝を抱えて。
「ユーノくん……」
 かたわらの少年の名を呼びながら。
 なのはは、心配そうにユーノの額を撫でた。

 

なのはさん全開劇場「刻を止めて」

      かいたひと:ことり

 

 ある遺跡の発掘調査。
 たまたま長期休暇中だったなのはは、連れて行って欲しい、とユーノに同行を願い出た。
 何事もなく順調に進むと思われた発掘作業の7日目。
 不意に襲ってきた現住生物にユーノは一撃を受け、それから二日間、目を覚ますことなく眠り続けているのだった。

 外傷の手当てはした。
 頭を打っているようだが、脳に異常はないだろう。
 焚き火に薪を放り込みながら、もしこのままユーノの目が覚めなかったら、などと考える。
 ぱち、と跳ねた火花に驚いて。
 ぶるぶると頭を振り、悪い考えを振り払う。
 そう、もう少し、もう少し待てば、きっと……
「う……」
 ば、と振り向く。
 確かに聞いた声を裏付けるように、ユーノの表情が変わっていた。
「ユーノくん!? ユーノくん、しっかりして!」
 頬をぴしゃぴしゃと叩いて。
 わずかに呼吸が荒くなっているのに気づく。
「ああ……ユーノくん、苦しいの……?」
 ぜいぜいと胸で息をしている。
 体勢が苦しいのだろうか?
 どこか痛いところがあるのだろうか?
 首を、肩を、胸を撫で下ろしながら。
 一箇所、ユーノの体に変化を見つける。
「……え? きゃっ!」
 かけた毛布を取り払って。
 なのはは、ユーノの股間が異様に膨れ上がっているのを見つけた。
 どきん、どきんと心臓が鳴る。
 ユーノの息は相変わらず苦しそうだ。
「苦しいんだ……大丈夫ユーノくん、私が……助けてあげるから……」
 しゅる、とズボンの留め紐を解く。
 パンツごとずる、と半分ほど下ろして、原因を見つける。

 ――手が止まった。
 家族のモノは見たことがある。小さいときの話ではあるが。
 だが今また見るそれは、あきらかに記憶の中のものとは違った。
 こんなに大きくはなかった。
 こんなに脈打ってなどいなかった。
 見るだけでドキドキなど、してこなかった。
「こ、これ……どうしよう、まさか毒とか……」
 おろおろと周りを見ても自分ひとり。
 ここにユーノを助けることができるのは、自分だけなのだと気づいて。
 意を決したようになのはは、そっと手を伸ばしていった。

「うわ……すごい熱い……硬くて……焼けそう……」
 さす、さすと委細を確かめつつゆっくりと触れていく。筋肉の異常というわけではなさそうだ。
 患部をマッサージしながら、隅々まで触診する。
 こんなことならもっと救急のレクチャーを受けておくんだった。
 ユーノが再び呻く声を聞きながら。
「ごめんね、ユーノくん……今、助けてあげるからね……」
 こすこすと裏側をさすっていると、先端から透明な液体がにじみ出てきたのに気づいた。
 ――やはり毒なのか。
 だとしたら二日も放置していて、本当にユーノは大丈夫なのだろうか。
 せめて致死性ではないことを祈りながら、力強く、根元から絞り上げる。
「う、ぐぁ……」
 ひときわ辛そうな声。早くしなければ。
 ああ、でもどうしたら?
 おぼろげな知識をあさり、毒蛇にかまれたときの対処を思い出す。

 確か、こうやって……

「……はむ……ん、ちゅ……ちゅうう……」
 心なしか熱を増してきた患部を口に含む。
 先端から毒を吸い取ろうと、一杯に頬張って、懸命に吸い込む。
 口内にたまった苦い液体をぺ、と吐き出し、苦しげなユーノの顔をもう一度見る。
「頑張って……もう少しだからね……」
 そういって、再び毒を吸い出す。
 たまった毒を絞るように、根元からこすりあげて。
「ん……ちゅっ……ん、く……」
 吸い出しては吐き、吸い出しては吐く。
 少しでも苦しみを和らげることができれば。
 それだけを祈り、繰り返し繰り返し、毒を吸う。
 何度か繰り返すうち、変化が出てきた。脈動が早くなり、明らかに体積が増したのだ。
 ああ、もう少しだ。あとほんの少し頑張れば、ユーノくんは助かるんだ……
 唾液でしとどに濡れそぼる患部を、両手で絞り上げる。
 目を閉じ一心不乱に、すべて吸い取ろうと、肺活量のすべてを使って吸い込む。
「あ……あ……うあ!」
 不意にユーノの手ががし、となのはの頭をつかんだ。
 びく、と大きく跳ねた後――
 なのはは、逃げ場を失ったまま、あふれ出てくる大量の毒を、ごくごくと嚥下するのだった。


「うわあああああああん、ユーノくんどうしよう!? 私、死んじゃうの!?」
 涙目のなのは。大丈夫だよ、と返すも、ユーノの苦しみ方を見ていたなのはには信じられない。
「いや、あの……それは、毒じゃなくってね、その、なんていうか……」
「だってだってユーノくん、すごく苦しそうだったもん! 早くしなきゃ死んじゃうって思って、それで私……」
 なのはの気持ちはものすごく嬉しい。なんていうか、男冥利だ。
 でもなんていうか。えと、あの。正直困る。
「うわあああん、死にたくないよお〜」

 いまだざあざあと降る雨の中。
 わんわんと泣き続けるなのはを前に。
 ユーノ・スクライアは、いつまでも困っていた。

 

挿絵

        fin.

 







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