「フェイトちゃん」

 私は、名前を呼ばれたことがない。
 お母さんはいたけれど、いつも私のことを「偽者」と呼ぶ。
 Fateではない。Fake。偽者。そういう意味。

「フェイトちゃん」

 いつも一人で、救いを求めながら、毎日必死で頑張った。
 どんなに嫌われていても、私にはたった一人のお母さんだったから。
 泣いた日なんて数え切れない。
 いつも私の体はぼろぼろで、訓練と実戦の毎日に、疲れきっていて。

「フェイトちゃん」

 だから、あの日。初めて自分の名前を呼ばれた気がして。

「フェイトちゃん」

 その手に、触れようとした。

 


「なのはと愉快なご主人様たち」

    三日目 「雷神の御手」

 

 薄暗い部屋の片隅。差し込む光には白く鱗粉が舞って、時の流れを忘れさせてくれる。
 膝を抱えて一人。高町なのは、と呼ばれている少女は、ずっとそれを眺めていた。
 身には何も着けておらず、儚げに風をはらむ髪は、陽光を受けて亜麻色に煌く。
 寂しさというより諦観を浮かばせて、今が過ぎるのをただ、待っている。
 不意に、ドアをノックする音。そっとそちらを向くと、よく知った声がする。
「なのは、入るよ」
 きぃ、と甲高い音を立て、ドアが開く。
 夏も近いというのに、ゆったりとした長袖の黒服。羽織ったマントのすそからは、零れるような金。
 すらりとした細い体に、抜けるように白い肌。何よりも紅い、切れ長の瞳が印象的だった。
「あ、フェイトちゃん。いらっしゃい」
 にこ、と笑いかけて、彼女の名を呼ぶ。力なく膝を立て、せめて迎えようと、友達に歩み寄る。
「……なのは」
 凍りついた瞳で、一言。
「違うでしょう? 私のことはなんと呼べと教えたの?」
 びく、と伸ばしかけた手が止まる。
 冷たい氷柱を突きつけられたように。飼い主の前で怯える犬のように。
「あ、は、はい……すいませんでした、ご主人様……」
 マントを外しながら、すっ、と脇を通り過ぎる。かきあげた後れ毛に違和感を感じた。
「フェイトちゃ……またコネクタが増えてる! 駄目だよこれ以上は! サイバネ化なんて体壊すだけだよ!?」
 目を見開いて叫ぶなのは。見つめる首筋には4つの差込ジャックが覗く。
 執務官ともなれば情報処理に追われることになる。
 接続用のコネクタを増設する者もいるにはいるが、それはあくまで一つ二つの話。
 脳神経に多大な負荷をかけるインターフェイスコネクタを4つも植設するものなどそうはいない。
「ただでさえ普段から『ミョルニル』の制御で神経系に負担かけてるのに!
 そんなことしてたらいつか―――うあ!?」
 そこまでいいかけて。なのはの体は、フェイトの高く差し上げた左手からぶら下がっていた。
 掴んでいる風もない。よく見ればフェイトの長く広い袖口から、黒い金属製のコードのようなものが3本。
 明らかな意思を持って、なのはの首に巻きつき、宙へと持ち上げていた。
「余計な口出しはいらないって……普段から言っているでしょう? それに私のことは……なんと呼べと教えたの?」
 ぎりぎりと首に食い込む痛みに、なのはの顔が苦しげに歪む。
「ぎ……ご、ごめ……なさ……ご、しゅじ……んさまぁっ……」
 冷たい瞳のまま、口元だけでふ、と笑い、左手を下げる。
 どさ、と音がして、なのはは床に転がった。
「うぇっ……けほ、けほっ……!」
 むせるなのはを冷ややかに見つめながら、上着の首元をしゅる、と緩める。
 タイを取り、フックをひとつひとつ外していく。
「聞き分けの悪い子には……お仕置きしなきゃ、いけない……よね? なのは……」
 エナメルのビスチェを纏うフェイトの白くなだらかな肩から。
 しゅるしゅると音を立て、黒い蛇が左右に3本づつ計6本、踊っていた。

 まるで、えものをみつけたように。

 

「うぁっ……ひっ……くぁっ……!」
 白光が閃く。そのたび、か細い悲鳴が狭い部屋に響いた。
 フェイトは黒いエナメルのビスチェと白のショーツ。それに続く黒のガーターといった出で立ち。
 壁につるされたなのはは、何度も何度も、鞭打たれていた。
 『それ』を鞭と呼んでいいかどうかはわからないが。
 左手を腰に当て、軽く崩した姿勢でフェイトは話しかける。
「私は何も憎くてあなたにこんなことしてるわけじゃないんだよ……?
 ただ、言うことを聞かない子にお仕置きをしてるだけ。
 ……なのははいい子だから、私の言うこと、わかるよね……?」
 そう言って、また一振り、フェイトの肩口から光が走る。
 小さく呻いて、涙を一筋流し、なのはが息も絶え絶えに答えた。
「……はい……すみませんでした……ご主人様……」

 フェイトはなのはに、名前を呼ぶことを許さなかった。
 頑ななまでに自身を「主人」と呼ばせ、絶対的な差を思い知らせる。
 その態度には周囲も思うところはあったのであろうが、彼女は未だに改めようとはしない。
「うん、いい子だね……私の可愛いなのは……」
 不意に、吊り上げられていた両手が解かれる。とさ、と床へへたり込んだなのはは肩で息をしていた。
 なのはを壁に縫いとめていたロープがしゅる、と音を出してフェイトの元へ戻る。
「『ミョルニル』……スパークモード。レベルE」
 《Yes.mom》
 ぴし、と空気が張り詰めた。肌を走る熱さと痛みを抑えながら、なのはが顔を上げる。
 フェイトの肩口から、6本の線が延びる。包み込むように広がった黒線から、ぱりぱりと唸り声を上げて。
 ごくり、と唾を飲み込んで後ずさる。腕の産毛が逆立って、ちりちりと肌を焦がした。
「いい子だから、こんどはご褒美をあげようか、なのは?」
 一歩、二歩。
 優しい表情に極上の笑みをたたえたフェイトが近寄ってくる。
 8本の手を広げ、慈母のように。
「ひ……や……やぁ……それ、嫌ぁ……」
 血の気が引いた頬に手が触れる。軽く撫でられ、首筋までゆっくりと降りていった時。
「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 視界がすべて白に染まる。8本の腕にきつく抱きしめられた体は痙攣を繰り返し、
 本人の意思に関係なくあらぬ方向へと飛び跳ねる。
「いやああああああ! 痛い、痛い、痛いいいぃぃぃぃぃ!」
 空気の張り裂ける音。明滅する視界。肉の焦げる匂い。
 ばぢばぢと放電を繰り返し、穏やかな表情でフェイトは、なのはを優しく抱きしめていた。

 『ミョルニル』
 最近になって開発の進められた生体移植ユニット型デバイス。
 末端はフェイトの神経節と完全に融合しており、文字通り手足となって動く。
 形状は親指ほどの太さの黒いコード。先端に放電プラグを備え、各種用途に応じて電力調整・電磁誘導を行う。
 一箇所ですら制御の難しい生体移植型デバイスを、フェイトは両の肩に6本も埋め込んでいた。
 まるで、死んでもかまわないとばかりに。

「ひぅ……はっ……かはっ……」
 いまだ細かく痙攣を繰り返し、必死で息をするなのは。
 大きく見開かれた目は血走っており、脂汗があとからあとから流れ落ちる。
 四肢は張り切り、動かすのも満足にはいかないだろう。
 さら、と髪をかきあげられ、あらわになった耳元で、フェイトが囁く。
「なのは、痛かった? ……大丈夫だよ、『ご褒美』だっていったでしょ?」
 そういって、耳たぶを食む。
 むき出しになった神経をなめ上げられるような、ぞわりとした感触がわき上がる。
「あ、あっあっ……はう、ああん……」
 ふう、と息を吹きかけられて、脳を揺さぶられる音に目の前が桃色に霞む。
 手足の感覚は戻っていないのに、まるで触られたところだけが癒されていくような錯覚に陥る。
 優しく添えられた指にこね回されて、やわやわと外耳が形を変える。
 熱く火照った体にさえその指は溶けるような熱を感じさせて。
 不意に、ぬろ、と大きな音がひとつ。
「ひゃう!?」
 軟らかい肉が耳を這い回る。背骨からぞくぞくと震えが伝わってきて、知らずぴん、と体が反り返る。
 感触にあげる甘い声は頭のてっぺんへ響き、また跳ね返って全身へ広がり、脳を桃色に塗り潰す。
 続くのはじゅるじゅるという水の音。さわさわと首筋を撫でられながら。
 うなじを蠢く指に翻弄されながら、ただただわき上がる愉悦に身を任せて。
「あふぁ……やぁん……あっあっ……お耳、いい、よおぉ……」
 まるで溶岩が流れ込んできたように、耳の中を熱が暴れ回り、すべてを蕩かしていく。
 鼓膜を叩く震えの一つ一つが理性を削り取っていく。
 下腹部を甘く痺れさせるこの肉に酔いしれていたい。
 あますところなく蹂躙されて、甘い声を上げ続けて。
 もう耳の中、なんていう感じじゃない。頭の中を熱い肉が暴れまわっている。
 自分をまるごと食べられているような、ものすごい恍惚感が襲ってくる。
 にちゃ、と糸を引いてフェイトが離れていった。ぼやけた頭が、離れて欲しくないと囁いている。

 もっともっと、たべてほしいのに……

 


「ふふ。そんなにお耳、気持ちよかったんだ?えっちな子だね、なのはは」
 微笑みながら、なのはの頬を撫でつつフェイト。
「あ、あ……ふぁい……おみみ、きもち……よかったですぅ……」
 とろんとした目は焦点があわず、空を彷徨う。目の端を黒い線が通り過ぎるのを見て、意識がようやくうっすらと戻る。。
「じゃあ、ほんとのご褒美。……狂っちゃだめだよ?」
 え、なに。と疑問が浮かぶより早く。ぱん、と言う音の後に、耳鳴りがする。
 きぃんきぃんと消えない耳鳴りはさらに大きくなっていく。
 混乱するなのはをよそに、耳鳴りよりさらに大きく、心音がどくん、どくんと聞こえてくる。
「脳に直接電磁波を送ってるところだから、ちょっとおとなしくしてるんだよ。
 ……すぐに気持ちよくなってくるからね」
 そう言いながらフェイトは、肩から伸びるミョルニルの先端をなのはの両耳に当てていた。
 ぱしん、ぱしんと音がするたびに、明らかになのはの表情が変わっていく。
「あふ、あ! あ!? な、にぃ、これぇ……ひ、とける……とけちゃ、うぅ……」
 びくん、びくんと、先ほどとは違う意味の痙攣を繰り返す。
「もういいかな……『ミョルニル』、オートモード。……パターンHで。」
 惚けたようななのはの顎を持ち上げ、薄く開かれた唇に舌を差し込む。
 嫌がる風もなく、積極的になのはは舌を絡ませていく。
 フェイトは紅色に染まる舌を味わいながら、重なったまま、とさ、となのはを横たえた。
 ちゅる、と口をはなして、後ろを見る。上気した顔で、左手でショーツの股布をずらし、呟いた。
「きて……」
 一瞬遅れて、ものすごい存在感とともに、『ミョルニル』が、重なる二人の蜜壺を貫いていた。
「んあ、ああああっ……!」
「きゃ、ひいいぃっ!? だ、あ……か、ふ……」
 同時に響き渡る嬌声。ず、ずと続く音の中で、はくはくとなのはは顎を震わせる。
「あ、はは……なのは……んっ……もうイっちゃったんだ……?」
 自らに貫かれるフェイトも、とろけたような表情を浮かべ、可愛くてたまらないという風に、首筋を食んでいく。
「あ、ああぁ……や、やらぁ、ま、また、イっちゃ……あひいっ!」
 時をおかず、再度びくんと強張る。腰が浮いて、ぐちゅぐちゅと音を立てる場所から、愛液があふれ出る。
 しゅる、と音がして、さらに2本、二人の後ろで、黒い蛇が鎌首をもたげた。
「あん……よかったね……なのはが可愛いから、ほら……またご褒美、くれるみたいだよ……?」
 浮いた腰を狙って、蛇がつん、つんと桜色に息づく蕾を見定める。
 ぐり、とねじりながら、体を押し込むように、4つの穴をすべて貪る。
「ああんっ……うああぁぁ……」
「ひ、きゃ……お、しり……だ、め……イく……イ、くぅ……」
 だらしなく開かれた口から、とろとろと涎が垂れる。きらきらと白い筋を作りながら、耳を犯し、床へと流れる。
「な、の、はぁ……あんっ……いい、の……?」
「は、ひ……す、すごい、き、きもち、いい、のぉ―――」

『―――フェイトちゃん』

「……!」
 不意に視界がぶれる。熱に浮かされる体で、必死に自分を保とうとする。
 違う、違う、違う、ちがうちがう、こんなはずじゃ、ない!
 ぽと、となのはの顔に、雫が降りかかる。
「うあ……はぁん……ふぇ、いとちゃ……ないちゃ……だめ……んっ……だ、よぉ……
 きもちいぃときは……ふぁ……わらうんだ、よぉ……あはぁっ……!」
 違う、違う違う違う!なのはは、なのははこんな……
 ばち、と光が走って。
「ひきゃ……うああああああ!?」
「ひ、うああんっ……ばちばち、って、きたぁ……」
 体の中から焼かれる熱さ。それさえもなのはは、快感に感じて。
「あは、はは……ふぇいとちゃぁん……きもち、いい、よぉぉ……」

挿絵

 違う。こんなはずじゃなかった。私はただ、なのはに笑って欲しかった。
 もう一度、あの頃の笑顔で私に手を伸ばしてくれて。ただ、呼んで欲しかったんだ。
「なのはぁ……なの、はぁぁ……う……うう……」
 熱に焼かれながら、あとからあとから溢れる涙を拭いもせずに、なのはを抱きしめて、私はただ。
「ふぇいとちゃあん……あはは……」

 もういちどだけ、なまえをよんでほしかったんだ。

     To be next day...

 







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