海。水溜りと形容することすらおこがましい。
 その部屋はまさしく海の様相を呈していた。
 肌を打ち付けるたびに、ぱしゃ、ぱしゃと音がする。
 すでに始まってから数時間が経過していた。
 その部屋で動くものは一組の男女だけで、女に至っては息も絶え絶えといった風で。
 尻を高く上げ、打ち付けられるままに床に突っ伏した女は、床にたまる液体を飽きることなく啜り続ける。
 舌を伸ばし、舐め取って、味わうように口内で転がし、一息に嚥下する。
 喉を通る粘りに恍惚の笑みを浮かべ、飲み下す熱に背筋をぞくぞくと震わせて。
 そんなことを飽きもせずに繰り返し、けれど床に広がる白は一向に減る様子もなく。
 一面の白。
 一面の白。
 一面の白。
 ぐちゃぐちゃと粘液質の音が響く中、体液の海で、なのはは、幸せに溺れそうだった。

 

「なのはと愉快なご主人様たち」

     一日目「淫獣の精力」

 


「あぁ……ん、ちゅ、ずず……っは、おいし……おいしいよぉ、ゆーのくんの、せぃ、えきぃ……」
 完全に力を失った瞳が、宙をさまよう。
 頭に浮かぶことはただただ快楽を貪ることだけであり、それを与えてくれる大好きな人が、愛しくて愛しくてたまらなかった。
 腹の奥を荒々しく叩かれるたび、消えてしまいそうな悦楽が襲ってくる。
 襞を擦りあげられる度、怖気にも似た快感が背筋を伝い、脳髄を蕩かせる。
 繋がっている部分からは、常に粘っこい音とともに液体が零れていた。

「ん……出る、また出るよ、なのは……全部、飲み込ん……でっ……!」
 どぷん。
 そんな音が聞こえてきそうなほどの射精。
 細い腰にまわした腕をできる限りの力でひきよせ、可能なだけ奥へ突きこむ。
 こりこりとした感触を先端に覚え、感覚のなくなった下半身がさらに痺れを覚える。

「は、ひ……そ……こ、ぉ、だ……めぇっ……!」
 肺に残った残り少ない空気を、絞りつくすように声を出す。
 何度出されても、何度出されても腹の中の剛直は萎える事を知らず、なのはを白で塗りつぶすかのように、内から外から、欲望を吐き出し続けていた。
 すでに上体を支えるだけの体力もなく、消え入りそうな意識を必死に保ち、送り込まれてくる熱を身体の奥底で感じる。
 引き込まれるたび、押し込まれるたび、熱は体の中をうねり、魂ごとかき混ぜられていく。
 荒々しく叩く剛直に意識を向けると、自然、きゅう、と下腹部に力が入って、暴れまわる侵入者を強く強く締め付ける。
 絡み付く肉壁はいっそうに密着し、それはただでさえ狭い空間の隙間をさらに狭めることになって。
 突きこまれるたびに快感は大きくなり、消え入りそうな意識の火を必死で奮い立たせながら、ユーノの存在を確かめる。
 その感触に溺れるように。この存在感にすがりつくように。
 最奥まで貫かれ、ずるずると引き抜かれると、魂から引きずり出されそうな、とてつもない喪失感と不安が襲ってくる。
 早く突いて欲しい。
 また、私の中をたくましいものでいっぱいにして欲しい。
 何度くり返しても胸の中の期待感は衰えず、この先にある悦楽を心から待ち望む。
 削り取られ、突きこまれる。
 その動きの中、翻弄される小船のように、がくんがくんと私の身体は揺さぶられて。
 心の隙間を埋めるように、体の中をいっぱいに埋め尽くされる。
 それは途方もない安心感を与えてきて、疑うことも何もなく、必死でしがみつく。
 瞳から流れる涙と共に、注がれた体液がまた零れ落ち、床の上へ白く広がって、また新しい紋様を描く。
 ぱしゃ、ぱしゃと音を響かせて。
「ほら……っ、また、零れてるよ。どうするんだったの……?」
 何か、耳元で囁かれる。

 ああ。どうするんだっけ、たしか、さっきいわれたとおりだと……

 床を埋めるほどの一面の白。
 目に入るそれ全てが愛しく感じられ、独り占めしたくなる。
 言われたことがなんなのか。それを思い出すことも忘れ、いっぱいに舌を突き出して、丁寧に舐め取る。
 ぴちゃ、ぴちゃ、ず、ずず……

挿絵(1)

「そう。いい子だね、なのは……全部、飲んで……」
 なんと心地よい声だろう。この声に従っていれば、どこまでも安らげる。
 今までの価値観など全て投げ出してもかまわない。
 幸せに涙さえ流しながら、彼女はつぶやいた。
「……ゆー……の、くん……す、きぃ……」

 そうしてまた、どぷん、とおとがする。

 

 

 


「ふぇ〜〜ん、ユーノくんなんて、嫌いだぁ」
 膝立ちで泣きながら、行為の「後始末」をするなのは。
「いや、あのっ……ホントごめん、なのはがあんまり可愛いから、つい我慢できなくって……」
 その後ろでは、さっきから何度も平謝りしながら、ユーノが床掃除をしていた。
 あれからさらに6時間。
 時計の針が3時を指し、彼女を独占できる時間が終わりを告げるまで、ユーノは彼女を抱き続けた。
 やめる時ですら名残惜しそうではあったが。
「ん……んっ、はふ……」
 なのはがいきむたび、白濁が溢れてくる。止む事無く、あとからあとから。
 なんだかいじらしく思えて、そっと後ろから近づく。
「なーのーはっ」
 ひ、とすら声にならない息をだすなのは。
「ち、ちょっとユーノくん、だめ、まだ終わってないから……っ!」
 そんなささやかな抵抗を排除して、ユーノは彼女を抱きしめる。
 細い肩。柔らかな腕。年相応に膨らんだ胸。
 慈しむように、愛でるように、ユーノは彼女に触れていく。
 かり、と感触がして指が止まる。
 なのはが何かを言いたげにこちらを向いた。
 ――そこにあるのは、大きな傷跡。一生消えることのない、彼女の終焉。
 不安を隠す事無く見つめてくる彼女をよそに、ユーノは傷跡をなぞっていく。
 まるで、それが、それこそがなのはだと言わんばかりに。
 傷跡は臍まで続いている。
 どれだけ出したのか、苦労して後始末をしているにもかかわらず、そこはいまだにぽこりと膨らんでいた。
 わずかに膨らんだあたりを撫でると、押されて苦しいのか、なのはの顔が歪む。
「あ、ごめん……痛かった?」
 心配そうに覗き込むユーノに微笑を返しながら、なのははユーノの手に自分の手を重ねる。
 さす、さす。
「こんなに出して……苦しかったんだからね?」
 ごめん、と一言また謝る。二人の手は重ねられたまま、ゆっくりと時間をかけて動き続けた。
 さす、さす。
「……なのは?」
 震えている。重ねた手に力が入っている。
 左手で目をぬぐう仕草で、ユーノはなのはが泣いていることに気づいた。
「なのは、どうし……」
 言いかけて。
 不意に彼女が振り向いて、抱きついてきた。顔を胸にうずめ、見られないように。背けるように。
「ごめ……ごめんなさい……ごめんなさい……」
 震える声で謝り続ける。訳がわからないといった彼をよそに、なのはは泣き続ける。
「わ、わたし、こんなに愛してもらってるのに……ユーノ君のこと、大好きなのに……」
 ああ、そうか、と彼は気づく。
 涙の意味。
 悲しみの意味。
 あまりに小さくいじらしい彼女をぎゅ、と抱きしめ、できる限りに優しく頭を撫でる。
「いいんだ、なのは。泣かないで。ずっと、そばにいるから。どこにも行かないから……」

 薄暗く狭い部屋。月明かりの差し込む中、嗚咽の声が響く。
 細く長く、細く長く。


 いつまでも、いつまでも。

 

 

 


 くー、くーと小さな寝息がする。
 あれからしばらくして、とうとう泣き止むこともないまま、なのはは泣き疲れて眠ってしまった。
 なるべく起こさないように細心の注意を払って、ユーノは彼女に毛布をかける。
 赤く腫れたまぶたを見て、長く深く、息を吐き出した。

 ――彼女はもう、子供を作れない。

 半年前の事故。それはあまりに大きな代償を彼女に背負わせた。
 必死の治療、リハビリも功を成さず、両足の膝から下は感覚を失い、歩くこともままならなくなった。
 外傷からの内臓破裂は各部に及び、命は取り留めたものの、女としての機能を失った。
 絶望は彼女の心を蝕み、溢れんばかりだった魔力を全て奪い去った。
 道を見失ったなのはは、何度も自殺を試み、全て止められた。
 生きる意味なんてない、と喚く彼女にユーノは伝えた。
 じゃあ、ボクが意味をあげるよ、と。

 それから半年。
 立ち直った、といえば嘘になる。
 傷跡は一生消えず、両足で立つこともできない。
 それでも、どんな形でも、必要とされていることが、彼女を支えている。
「ゆー……の……くぅん……」
 小さな小さな声で、幸せを夢に見ながら、なのはは彼の名を呼ぶ。
 目の端の光るものをそっとぬぐってやり、軽く頬に口付ける。
 あまりに愛しく、大切な彼女。
 ただ、笑っていて欲しいだけだと願いながら。
「おやすみ、なのは……」
 言葉を残し、息を潜ませ、そっと立ち上がる。
 差し込む月明かりの中、眠る彼女を悲しそうに、けれど大切そうに見つめ、眉根をゆがませて。
 微かに耳に響く寝息を、何よりも大事に思う。
 この音がいつまでも続くよう、心の底から願いつつ。
 せめてひととき、何もかも忘れ、幸せに眠れるようにと。
 どうか、どうか、闇が彼女を救ってくれますようにと。

 重く、厳かに音を立て、扉を後ろ手に閉める。
 胸の奥に重くのしかかる思いを抱き、力なく背中で扉へと寄りかかりながら。
 息を吸い、吐いて、どこまでも沈む気持ちをわずかでも和らげようと、唇を薄く開いて言葉にする。
「泣かないで、なのは。ずっと、そばにいるから……どこにもいかないから……」
 声は闇に溶け、吸い込まれる。届ける神がいるのかも知らぬまま、彼は願う。


 なのは、わらって、と。

挿絵(2)





     To be next day...

 







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